異邦人


「ランスロットさん」

ランスロットが顔を向けると、萎縮したクラスメートの少年が机の脇に立っていた。
「あの、これ提出明後日だから」
おずおずと差し出されたのは、給食費に関する資料。
「有難う」
受け取ると、彼は明らかにホッとした顔をして教室の隅にいる他の同級生の元へと駆けていく。
給食当番の彼はクラス全員にそのプリントを配っているらしい。
彼の緊張ぶりを思い出して苦笑いしつつも、ランスロットは妙な寂しさを感じていた。

クラスで、いや、学校全体を見ても、ランスロットの存在は浮いていた。
それは日本の学校で珍しい外人の子供ということや、端麗な容姿、そして決して人付き合いが上手いとはいえない性格が災いしてのことだ。
ランスロットは同じ年齢なのに敬語を使って話し掛けてくる子達を可笑しいと思いながら、不快だとも感じていた。
だから自然と彼が話しをする人間は限定されてきてしまう。
「あなたはもっと外でお友達を作らないと駄目よ」
姉であるカジェリが心配そうに言うが、向こうの方が勝手に垣根を作っているのだから、自分ではどうしようもないとランスロットは思う。

 

いつもどおり、ランスロットが一人で下校していると、誰かが彼の腕を引いた。
驚いて振り返ると、ランドセルを背負った、おそらく同じ学校の小さな女の子が笑顔でランスロットを見ている。
学年はランスロットよりも3,4下だろうか。
ランスロットは何の用かと暫く待ったが、彼女からは言葉もなくただニコニコと笑顔を浮かべているだけだ。

「何?」
ランスロットが訊くと、彼女は可愛らしくお辞儀をして言った。
「はじめまして、ランスロット様。私、西野胡桃といいます。お友達になってくれませんか」

白昼堂々、往来での大胆な告白にランスロットは呆気にとられた。
今までも何度か女子に同じようなことを言われたが、彼女達は恥ずかしそうに俯いているだけだった。
それなのに、目の前の胡桃という女の子は瞳をキラキラと輝かせてまっすぐにランスロットを見詰めている。
「いいよ」
胡桃に興味を持ったランスロットが肯定の返事をすると、さらに彼の度肝を抜く出来事が待っていた。
突然、胡桃が歌いだしたのだ。
「ラララ〜〜」
嬉しくてたまらないというように、かなり大仰な身振りも入っている。

「あら、私ったらはしたない。また歌ってしまったわ」
我に返った胡桃は頬に手を当てて顔を赤らめた。
「じゃあ、また今度、日曜日にお会いましょうね」
ランスロットの手を掴んで嬉しそうに言うと、またラララ〜と歌いながら、弾むような足取りで、胡桃は去っていった。
変な子だな。
胡桃の後ろ姿を見ながら、珍しく顔に笑みが浮かんでいることにランスロット自身気付いていなかった。

 

次の日曜日、ノーマン家はカジェリのゴルフの好敵手であり、友達でもある西野霧亜が来訪するということで、家中が支度で大忙しだった。
そして、霧亜が現れる直前に、ランスロットは庭へこっそりと避難した。
西野霧亜はランスロットにとって苦手な部類の人間だ。
まず、大切な姉、カジェリのライバルであること。
それに、何でもずけずけとはっきり言う彼女の性格が気に入らない。
霧亜も同じ気持ちらしく、顔を合わせればランスロットに「いつ見ても無愛想で可愛げがない」と悪態をついている。

霧亜のことを頭に浮かべた瞬間、ランスロットは昨日、自分の前に現れた風変わりな胡桃という女の子を思い出した。
きっと「西野」という名字が一緒だったからだろう。
それに、最後に胡桃が言った、「日曜日に会いましょう」という言葉。
何度考えてもランスロットにはその意味が分からなかった。

「ランスロット様〜〜」
ふいに遠くから、覚えのある声が聞こえてくる。
まさか幻聴だろうかと見回すと、間違いなく胡桃がランスットめがけて突進して来ていた。
「お捜ししました〜〜」
飛びつくようにして胡桃がランスロットに体当たりする。
反動で後ろに転がりそうになりながらも、ランスロットは何とか堪えた。

「く、胡桃ちゃん。どうしてここに?」
「名前、覚えていてくれたんですね」
胡桃は喜びではちきれんばかりの笑顔をランスロットに向けた。
「お姉さまがランスロット様の家に遊びに行くと言っていたので、ついて来たんです」
「・・・お姉さん」
今日ランスロットの家に来る人物といえば、西野霧亜しかいない。
ランスロットは胡桃の顔をまじまじと見た。

「あんまり似てないね」
「まぁ、それは美人のお姉さまに似ずブサイクだと言いたいんですか」
頬を膨らます胡桃にランスロットは微笑んだ。
「違うよ。胡桃ちゃんの方が全然可愛い」
惚れ惚れするようなランスロットの笑顔と、嬉しい言葉のダブルパンチで、胡桃は卒倒しそうになった。
「あれ、大丈夫?」
ふらつく胡桃に優しく手を差し伸べたランスロットは、自分の言葉がかなりの殺し文句だったとはもちろん知る由もなかった。

 

それから胡桃は毎日のようにランスロットの家に遊びに来るようになった。
「胡桃ちゃんって、可愛い子よね」
「そうだね」
カジェリの言葉に、ランスロットは素直に頷く。
すっかりカジェリとも仲良しになった胡桃は、ノーマン家に明るい風を吹き込んでいた。
胡桃の明け透けな態度は、不思議と人の心を和ませる。
両親が滅多に帰らず、カジェリとランスロット、使用人だけの寂しい家が、胡桃が来ると急に華やいだ雰囲気になる。
いつしか胡桃はランスロットにとって、カジェリと同じくらい、大切に思える存在になっていた。

 

その日、ランスロットは胡桃が今日も家に来ると言っていたのを思い出し、校門の前で胡桃を待っていた。
暫くして現れた胡桃は、沢山の友達に囲まれ、子供達の輪の中心ではしゃいで笑っていた。
その様子を見ていたランスロットは、急に胸がしめつけられるような気持ちになった。
何故だか、胡桃が遠い世界の人間のように感じられる。

そんなランスロットの心の内など知らず、彼の姿を見つけた胡桃は笑顔で駆け寄ってきた。
「ランスロット様。待っていてくださったんですか」
「うん」
いつになく寂しげに自分を見るランスロットに、胡桃は訝しげな視線を向ける。
「ランスロット様?」
「友達はいいの」
ランスロットは残された胡桃の友達を見ながら言った。
「ええ。今日はランスロット様の家に行くって言いましたから」
「そう」

それからランスロットの家に向かうまでの二人の会話はどうしてか弾まなかった。
胡桃が何を話しても、ランスロットは上の空だ。
「何かあったんですか」
心配そうな胡桃に、ランスロットは表情を和らげた。
「胡桃ちゃんは友達が沢山いるんだね」
「え、普通ですよ。ランスロット様にもいらっしゃるでしょ」
胡桃の言葉に、ランスロットは押し黙った。
気まずい空気が流れるなか、ランスロットはぼそりと呟く。
「僕には、あまり友達がいないから」

短い会話の後、再び二人は並んで無言のまま歩く。
胡桃はランスロットの横顔を見詰めて思案していたかと思うと、意を決したように言った。
「ランスロット様、ちょっと屈んでくださる」
ランスロットは不思議そうな顔をしながらも、言われたとおりに屈んで胡桃と目線を合わせた。
「えい」
掛け声とともに、胡桃がランスロットの両頬を引っ張る。
「く、くるみちゃ」
「笑顔です。ランスロット様」
ランスロットに口をはさむ隙を与えず、胡桃は声を張り上げた。

「ランスロット様はとても美人なので、敬遠されちゃうんだと思います。本当は優しくて良い方なのに、もったいないです。それに皆もきっとランスロット様と仲良くしたいんですよ」
ようやく胡桃が手を放すと、少し赤くなった頬をランスロットがさする。
「今ので頬の筋肉がやわらかくなったから、笑顔を作れるはずです。最初は作り笑顔で、皆を騙しましょう。そのうち自然に笑顔になると思います。安心して、クラスのお友達に話し掛けてみてくださいね」
騙すなどと悪い言葉を使いながらも、胡桃が言うと正論のように聞こえてくるから不思議だ。
胡桃は胸を張って意気揚々と宣言した。
「大丈夫。ランスロット様には私がついてますよ」

自分より全然小さな胡桃に太鼓判を押されてもあまり頼りがいというものを感じないが、たぶん胡桃なりに必死に考えて励ましてくれているのだと思うと、ランスロットの胸に熱いものがこみ上げてきた。
身内でもない誰かが真剣に自分のことを想ってくれていると思うと、心が軽くなるのだということに初めて気付いた。
「うん。有難う」
涙が出そうになるのを堪えるために、ランスロットは胡桃の肩に額をのせた。
泣き顔をあまり人に見られたくなかった。
「ら、ランスロット様」
驚いて身を離そうとする胡桃をランスロットはそのまま抱きしめる。
「胡桃ちゃんがいてくれて良かった」
心のこもったランスロットの言葉に、天にも昇る心地というのはこういうことかと胡桃は思った。

 

次の日ランスロットが教室に入ると、クラスメートの嘆き声が耳に入ってきた。
「マジかよ。今日テストなのか」
「昨日言ってたじゃん」
「俺消しゴム忘れちゃったんだよ。誰か二個持ってるやついないかなぁ」
「さあね」
肩を落とす彼に、ランスロットがペンケースから取り出した消しゴムを差し出す。
「はい」
滅多に自分から話し掛けることのないランスロットの意外な行動に、彼らは顔を見合わせている。
「僕は二個持ってるから貸してあげる」
そしてランスロットは胡桃の言ったとおり、微笑を浮かべた。

ただそれだけの小さな出来事で、以後ランスロットはクラスの皆の風当たりが無くなったことに驚いた。
そうなると、ただでさえ目立つランスロットは、クラスの中心的存在として皆に頼りにされるようになった。
何の事は無い。
周りが自分を閉め出しているものと思っていたが、自分の方が彼らから心を閉ざしていたのだ。
ランスロットは、急に視界が開けて、明るくなったように感じた。

 

「良かったですね。お友達沢山できて」
胡桃は安心したように言った。
今日胡桃が校門まで来た時、ランスロットは友達と談笑して胡桃を待っていた。
たびたびランスロットがクラスメートと歩いている姿を見かけるようになって、胡桃は本当に良かったと思っていた。
我が事のように喜ぶ胡桃を、ランスロットは愛おしげに見つめる。
「胡桃ちゃんのおかげだよ」

友達と楽しげに歩く胡桃は、自分とは違う、明るい場所にいるように見えた。
自分はきっと胡桃と同じ場所に立ちたくて、一歩を踏み出したのだ。
胡桃がいなかったら、きっといつまでも自分の殻に閉じこもっていただろうとランスロットは思った。

「私は何もしてません。ランスロット様が魅力的だから人が集まるんですよ」
ランスロットの言葉の意図には全く気付かず、胡桃は明るい笑顔で答える。
胡桃につられて、ランスロットも顔を綻ばせた。
「ちょっとは君に近づけたかな」
ランスロットのその呟きはとても小さなもので、胡桃の耳には届かなかった。


あとがき??
何かすらすらと書けた。あれ。
実はランスと胡桃ちゃんの話を書こうと思った時、頭に浮かんだのはこの話じゃなかったのよ。
ということはもう一本書くのかな。
ラン胡じゃなくて、胡ランだったから没にしたんだけど。
思ったよりラブラブになってしまって、書いてて辛かった。(照れるじゃん!)
いや、ランスって結構毒舌だし、学校で浮いてたんじゃないかなぁと思ったら、こんな話ができました。
胡桃ちゃん、美化しまくり。(笑)
私、胡桃ちゃん素直に凄いと思うのですよ。
私、好きな人にあんなに堂々と飛びつけない。

二人の出会いを勝手に捏造してます。申し訳ない。
原作でそれらしいシーンが出てきたら消しますんで。
厳密には、二人はこの話の前にも会っているんですよ。ランスが憶えていないだけで。(ってまたオリジナル設定を(^_^;))
これを読んで、ライパクがゴルフ漫画だと分かる人は果たしているのだろうか。(笑)


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