hope


目を開けると、街の雑踏の中。
僕はその場所に、裸足で立っている。
格好は僕のものではない、白い簡素な服。
不思議に思って周りを見まわしたけれど、道行く人は皆、僕が見えていないみたいだ。
どうしたらいいのか分からなくて、そのまま暫らく周囲をうろついた。

「僕と契約する気、ない?」
ふいに肩を叩かれ、そう声をかけられた。
契約?
怪訝な顔で振り向くと、見たことのない少年が一人、僕を見詰めて微笑んでいた。

「君はさっき、あそこで事故にあったんだ。覚えてないかな」
指を指された方を見ると、へこんだガードレールの周りに数人の警官があつまり、地面にはべっとりと血のり。
ああ。
そういえば、そうだった。
僕はちゃんと青信号で横断歩道を歩いていたのに、不注意な車が突っ込んできて。
よけたつもりだったけれど、遅かったみたいだ。

僕がたいして慌てなかったせいか、その少年は拍子抜けした顔をした。
「もっと普通は取り乱したりするんじゃないのか」
「そうして欲しい?」
訊くと、少年は首を振った。
「何か変な感じだな。話が早くて良いけど」
少年は真顔になると、おもむろに僕に向き直った。

「僕、人の魂を集めて天上に持っていく仕事してるんだけどね、君、手術が成功しちゃったみたいなんだ。がっかりさ」
手を上げて降参のポーズをする少年に、僕は「そうですか」と答える。
他に何と言ったらいいのか分からないから。
そんな僕の反応に、少年はつまらなそうに舌打ちして、再び話を続けた。

「でね、僕、君のこといろいろ調べさせてもらったんだけど、君には眼の悪いお姉さんがいるよね。カジェリさんだっけ」
姉の名前が出た事で、僕の表情もにわかに険しくなる。
ようやく表情らしい表情を見せた事に満足したのか、少年はにやりと笑った。
「取り引きしよう。僕が君のお姉さんの眼を治してあげる。だから僕に君の魂、くれないかな」

その申し出に、正直、僕の気持ちは揺れた。

誰よりも、何よりも大切な姉さん。
姉さんの眼が見えるようになるのなら、何でもすると思っていた。
僕の命と引き換えなら、安いものだ。
もう少し前の僕だったら、全く躊躇しなかっただろう。

でも。

「やめておくよ」
少年は、さも意外だというような顔をして僕を見た。
そして理由を訊かれる前に、僕は白状する。
「きっとね、凄く泣いちゃうと思うんだ」
僕が少し笑いながら言うと、少年もちょっとだけ笑った。
「そう。残念」

 

病室に見舞いに来た胡桃ちゃんに、昏睡状態だったときに見たその夢の話をした。
「不思議な夢ですね」
笑われてしまうかという危惧は、全く杞憂だった。

僕の話を、どんなことでも真剣に耳を傾けてくれる。
だから君の隣りは居心地がいい。
僕が本音をさらけ出せる人は姉さんと君だけなんだ。
君は知らないだろうけど。

「戻ってきて良かったよ。やっぱり泣いてたから」

胡桃ちゃんは、きょとんとした顔で僕を見た。
ああ、やっぱり分かってなかったみたい。
たぶん僕が夢の少年に言った言葉を「姉さんが泣くから」という意味にとったんだろう。
違うんだ。
死ぬかと知れないと思ったとき、最初に頭に浮かんだのは、姉さんじゃなくて、君だった。
君はきっと僕のために沢山泣く。
だから、やめた。

笑顔の君が一番好きだから。
君ともっと一緒にいたいと思ったから。


あとがき??
「ランシュロットしゃま〜〜」と大泣きする胡桃ちゃんが最初に頭に浮かんでできた話。
ランスが死んだら、胡桃ちゃんも死んじゃうんじゃないだろうか。いや、マジで。
ああ。またゴルフと関係ない話をーー!!

少年のモデルは、藤原薫先生の漫画『禁断恋愛』に出てくる、アダム。
あくまでイメージ。彼はこんないい感じの人じゃないです。


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