好きだから


彼の料理を一口味わえば、誰しもここが大海原に浮かぶ船の上だということを忘れてしまいそうになる。
都会の三つ星レストランと比べても遜色ない味を、気軽に食材を調達できない船で出しているのだからコックの腕は相当なものだ。
他の船員はこの贅沢をどう思っているか知らないが、ナミは毎日彼の料理を食せる幸運に大いに感謝していた。

 

「・・・・?」
その日朝食のスープを口に含んだナミは、スプーンを握ったままの姿勢で暫く動きを止めた。
どう言ったらいいのか分からないが、違和感があるような気がする。
味は相変わらず一級品だ。
それなのに、何かが違う。
「あの・・・サンジくん」
「はいはーーい、何でしょう?」
振り向いたナミが給仕をするサンジに呼びかけると、彼は作業の手を止めて飛んでくる。
「・・・・今日のスープ、少し薄くないかな」
「えっ」
ナミの遠慮がちな一言に、サンジの笑顔はすぐに凍りついた。

「それは・・・不味いってことですか」
「あ、別にそういう意味じゃなくて、十分美味しいんだけどいつもと微妙に違うっていうか・・・・」
ナミが話してる間にも、サンジの顔色は悪くなる一方だ。
責めているわけではないことを、どうやって伝えたらいいのか。
ナミが思案するよりも前に、変調はやってきた。

「え・・・・・」
ナミの目の前で、まるでスローモーションを見ているかのように、サンジの身体が崩れ落ちた。
自分の後方に、大の字になって伸びている。
敵に遭遇したときでも、彼がこうして簡単に倒れたところなど見たことがない。
「さささ、サンジくん!」
「サンジが死んだ!!」
縁起でもない叫び声をあげるルフィを無視して駆け寄ると、とりあえず息はしている。
彼の触れてすぐに分かったが、ありえないほどの高熱だった。

 

 

ナミの発言がショックで倒れてしまったのかと思われたサンジだったが、実は以前から体調を崩していたらしい。
無理をして厨房に立っていたためよけいに病状が悪化したのだろう。
「立派な風邪ね」
「はー、そうだったんですか」
ベッドで横になるサンジは、体温計を眺めながら呟くナミに小さく相槌を打った。
「今まで風邪をひいたことがなかったもので、気づきませんでした」
「・・・・大馬鹿」
呆れ返るナミに向かって、サンジは力のない笑みを浮かべてみせる。
「そういえば、ナミさんなんで分かったんですか?」
「ん?」
「料理の味が違うの」
熱があったせいで調味料の匙加減が狂ってしまったようだが、他の船員は誰も気づかなかった。
それほど味の変化は些細なものだったのだ。

「好きだからよ」
「・・・・えっ」
目を見開いて顔を傾けると、ナミはにっこりと微笑んでいる。
突然の告白とその笑顔に、サンジの胸はこれ以上ないほど高鳴った。
今までサンジは何十回、何百回とナミに愛を告げてきたが、それが報われたことは一度たりともない。
ついにナミも自分の魅力に気づいたのかと感激したのもつかの間、彼の期待はあっさりと踏みにじられることになった。
「サンジくんの料理、最高だもの」
「えっ、あ、りょ、料理」
「ええ」
好きなのはサンジの作る料理で、彼自身ではない。
そう受け取るしかないナミの発言に、サンジは浮き立っていた自分の心が急速に落ち込んでいくのを感じた。
一度喜びを味わってしまっただけに、彼女の笑顔は目の毒だ。

 

「サンジくんが早くよくならないと困るのよ。食事を作るのが当番制になっちゃって、明日は私だけど明後日はルフィなの。どんなものを食べさせられるか怖くて仕方がないわ」
「そうですねぇ・・・・」
少なくともルフィは食べる方専門で、自分で作ることなどあまり考えていないように思える。
味は二の次で、量だけは豊富なとんでもないものを出してきそうだ。
船員達の健康を守るためにも、早々の復帰が望ましかった。
幸いチョッパーの調合した薬が効いてきているらしく、熱は下がり始めている。

「はい、林檎」
「あ、有難うございます」
可愛らしく兎の形に剥かれた林檎が少し意外な気がして、サンジの顔は自然と綻ぶ。
日頃は女王様然としたナミもこうした女の子らしい一面をちゃんと持っているのだ。
「・・・ナミさん、何だか優しいですね」
「そうかしら」
「だって、今日はここから離れていないでしょう」
もぐもぐと口を動かして林檎を食べるサンジは、時計を眺めつつ声を発する。
薬の影響なのか、うつらうつらと眠って目が覚めると必ずナミの姿があった気がした。
病気のときは精神的にも弱ってしまうのか心細いものだが、おかげで不安はあまり感じない。

「何で?」
「好きだからよ」
新たな林檎に手を伸ばしたナミは、振り向くこともなく答えた。
ナミの頬がいつもより僅かに赤く見えて、それが料理のことなのかどうか、聞くのは野暮というものだろう。
「他に理由がいるかしら」
「・・・そうですね」


あとがき??
一応両思いなんですが、素直じゃないナミさん。
リクエストは「風邪引いたサンジを看病するナミ」でした。
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HIT、いちごさん有難うございました。


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