大切をきずくもの


寺門通のデビュー一周年記念ライブの当日だった。
三日前から休暇をもらった新八だが、万事屋に立ち寄ったのは、うっかり親衛隊の法被を忘れたからだ。
「銀さーん、います?」
いつも通り扉を開けると、中は閑散としている。
年中付けっぱなしになっているTVは沈黙し、定春がソファーを占領していた。
「またどっかに泊まり歩いてるのかな」
それにしても、神楽が定春だけを残して外に出るはずがない。
嫌な予感がした。

 

「神楽ちゃん、開けるよ」
一応ノックはしたが返事はなく、新八は神楽の部屋である押し入れの襖を開ける。
神楽はきちんとそこに寝ていた。
だが、開かれた瞳は虚ろで、顔は高熱のために真っ赤だ。

「神楽ちゃん、具合が悪いの!?」
「・・・・ただの風邪アルヨ」
「薬は?病院に行かないと」
「もう行ったアル」
話す間にも、神楽はゴホゴホと咳を繰り返した。
昨日のうちに発熱し、一人で医者に行って診てもらったらしい。
銀時はふらりと外に出たままずっと帰っていない。

 

「全くあの人は!肝心なときにいないんだから・・・・」
新八は途方に暮れて呟いた。
親衛隊の隊長を務める身として、今日のコンサートだけは何が何でも参加しなくてはならない。
だが、管理人の登勢は外出中のようで、新八の姉の妙も仕事がある。
今、神楽の看病が出来るのは新八しかいなかった。

「・・・・そんな辛気くさい面、見ていたくないアル」
「え?」
「早くライブに行くヨロシ。私は一人で平気ネ!」
「でも・・・」
「出ていくアルヨ!!」
新八が取りに来ると思って用意したのか、枕元にあった法被を神楽は投げつける。
あとは、新八が声をかけても答えず、中から押さえているのか襖も開かない。
彼女なりに気を遣っているのだろう。
心残りだが、本人に拒まれては、新八がここに残る意味はなかった。

 

 

 

 

「隊長!!ついにここまで来ましたね!ドームが満員ですよ」
「盛り上げていきましょう!!」
新八がタクシーで到着する頃には、会場内のボルテージは最高潮だった。
ドームを埋め尽くすファンの熱気で、温度が2、3度上昇している。
今日のために、何ヶ月も前から親衛隊としての掛け声の練習もしてきた。
だが、その団体の要である新八は、どうも浮かない表情で俯いているのだ。

「どうしたんですか、隊長。腹でも痛いんですか?」
「・・・大丈夫」
隊員の言葉に何とか答えるものの、声に覇気がない。
あと30分ほどで開演だというのに、通のライブの前とは思えないほど新八の気持ちは沈んでいる。
寺門通は彼の生き甲斐であり、何よりも優先すべき存在のはずだ。
それなのに、瞼にちらつくのは咳をして寝込んでいる神楽の姿ばかりだった。

 

「あれ、隊長、それ自分でやったんですか」
「え?」
「あー、本当だ。いくらなんでも、不器用すぎですよ」
一斉に笑い出した取り巻き達を、新八は怪訝な表情で見やる。
「そこ、縫い目がガタガタです」
指をさされて、新八は初めて袖口の大きな破れ目に気付いた。
しっかりと縫い合わせてあるが、指摘された通り、乱雑な縫い目が残っている。

姉は家事全般が苦手で、幼い頃から代理主婦をしていた新八は裁縫が得意だ。
法被は万事屋に置いてあったのだから姉の仕業でもなく、銀時も家を留守にしている。
そうなると、当てはまるのは一人しかいなかった。

 

「本当に、下手だなぁ・・・」
呟きながら、笑おうとしたはずなのに、泣き出しそうになった。
不器用な彼女が必死に針を扱う姿が目に浮かぶようだ。
訝しげな顔の一同を見回し、新八は幹部の一人の肩を叩く。
「軍曹、今日一日だけ、お前が隊長だ。任せたよ」
「え!?」
「隊長――――!!!」

自分を呼ぶ仲間達の声が聞こえたが、出入り口に向かって走る新八の足は止まらない。
通の歌は大好きだ。
だが、それよりも大事な物があったことを、新八はこのとき初めて実感していた。

 

 

 

 

暗くて狭い押し入れ。
病のせいか、心が弱くなっている。
思い出すのは、母親を看病しながら、一人で父親の帰りを待っていた生活。
支えてくれる人は誰もない。
唇を噛みしめた神楽は、顔を布団の奧へと埋めた。

「パピー、マミー・・・・・」
会いたいけれど、会えない。
「・・・銀ちゃん、新八」
そばにいて欲しい人の名前をあげていく。
寂しくて死ねるなら、自分の命はとうに無くなっているような気がした。

 

「神楽ちゃん」
小さくすすり泣く中、唐突に襖が開かれる。
目を見開いた神楽は慌てて涙を拭い、そっと外の様子を窺った。
「ただいま。アイス買ってきたけど、食べられる?」
「・・・・」
明るい笑顔を目にしたとたん、再び涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。
新八に泣いた姿を見られるなど、神楽のプライドが許さない。

「・・・いやに早いアルね」
「うん。ライブが始まる前に、帰ってきちゃった」
「え!」
神楽は驚きに目を丸くしたが、新八はただにこにこと笑っている。
理由は、どう考えても神楽のためだ。
彼のそうした心根の優しさを、神楽はよく知っている。

「お前・・・・、本当に馬鹿な奴ネ」
照れを誤魔化すため、顔を背けた神楽を新八は優しく見つめた。
「治ったら、お裁縫を教えてあげるよ」


あとがき??
この二人も可愛いですよね。


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