観用少女 2


銀時と別れ、自力歩行の出来ない観用少女を抱えて自宅に戻った新八は途方にくれる。
唯一の家族である姉は一ヶ月の長期旅行中だ。
そうなると当然新八が一人で世話をしなければならないのだが、観用少女についての知識はほとんどなく、どう扱って良いかちんぷんかんぷんだった。
面倒なことを押しつけ、事務所に帰ってしまった銀時が恨めしいが、彼に何か意見しても無駄だろう。
取り敢えず、観用少女を座敷の隅に座らせると、新八は皿に冷蔵庫から出したミルクを入れて畳の上に置く。
銀時に、観用少女には日に三度のミルクを与える必要があると言われていたからだが、彼女は全く無反応だ。
びくびくと観用少女から離れると、新八は逃げるように彼女のいる部屋から立ち去る。
翌朝になって様子を窺うと、観用少女は昨日と同じ格好で座っており、ミルクにも手を付けた形跡はなかった。

 

 

「馬鹿!!!」
万事屋の事務所に戻って観用少女のことを伝えると、新八は頭ごなしに怒鳴られる。
「犬や猫じゃねーんだ、床に這いつくばって飲んだりするかよ。ミルクをあたためるとか、カップに入れるとか、いろいろあるだろう」
「・・・・そうですね。でも、観用少女について僕達は知らないことだらけですし、このまま育てるのはやっぱり無理じゃないですか」
新八はすがるような眼差しで銀時に忠言した。
早く、あの気味の悪い人形から離れたい一心だ。
だが、暫しの間考えた銀時は、テーブルにかぶき町の地図を広げて新八に新たな指示を出す。

「お前、観用少女を売っている店に行って、説明を聞いてこい」
「え!!?」
「買うふりをするだけでいいんだよ。うちに観用少女がいるってことは言うんじゃねーぞ。取り戻しにくるとやっかいだ」
「で、でも・・・・」
「場所はこのあたりだ」
うろたえる新八を無視して銀時は地図上の一点を指し示した。
かぶき町の中心から外れた細い路地に店はある。
頭の中に場所を記憶しながら、客商売というのに人目を忍ぶような場所に店を構えているのは、何だか奇妙な感じがした。

 

 

 

「どうぞ。粗茶ですが」
「あ、有難うございます・・・・」
すっかり萎縮した新八は、店主の青年が出した茶にびくびくと口を付ける。
ティーカップはアンティークで、一目で値が張るものと分かった。
店内は上等な香がたかれ、周りにある洋風の家具も、今飲んでいる茶も、全てが一級品だ。
自分がこの店の中で恐ろしく浮いた存在であることを自覚しながら、新八はそこかしこに置かれている観用少女へと目を向ける。
観用少女はどれも静かに目を閉じており、見たかぎりでは等身大の人形そのものだ。
金髪や赤毛、年齢や綺麗な顔立ちは様々だったが、店の観用少女は新八の家にいるものとは決定的に違うことがあった。

「・・・最初から、悲しい顔をしているわけじゃないんだな」
「え?」
新八の呟きに反応して、店主が振り返る。
「い、いえ、僕の知り合いの家にいる観用少女が、何だか元気がない様子だったから。ミルクも飲まないみたいで」
「そうですか」
慌てて言い繕う新八だが、店主は気にせずに目を伏せる。
「それは、心配ですね。枯れる兆候です」
「か、枯れる!?」
「ええ。観用少女の栄養はミルクと愛情でございます。そのままでは、観用少女は枯れてしまいますよ」

 

観用少女が枯れる。
銀時に怒られるのはもちろんだが、あの綺麗な人形が死んでしまうと思うと、何故だか胸が痛んだ。
怖くはあっても憎いわけではない。
沈んだ表情で俯いた新八を見ると、店主は急に優しい微笑みを浮かべた。
「お客様がそのお知り合いの代わりにミルクをあげたらどうでしょうか」
「え?」
「こちらは、観用少女が好んで口にするミルクでございます。如何ですか?」
そう言って店主が差し出したのは、観用少女用に作られた栄養価の高いミルクの入った瓶だ。
店主はにこやかだったが、新八は非常に嫌な予感がした。

「あ、あの、これの値段は・・・」
「これほど」
店主がさらりと筆で書いた数字に、新八は心臓が止まりそうになる。
新八の給料の半年分以上の金額だ。
「こ、こ、こんな高価なものは」
「観用少女は枯れてしまいますよ」
「うっ・・・・」
「今なら10%オフ。ローンも承ります」
店主は終始笑顔だったが、有無を言わさない空気だった。
促されるまま、ミルクの瓶を抱えた新八に、店主は念を押すように繰り返す。

「観用少女には、ミルクと愛情が何よりの栄養でございます。お忘れなく」

 

 

 

店から出たあとも、夢を見ているようだった。
生きた人形に高価なミルク、香のたかれた不思議な店内と、どこか浮世離れした店主の青年。
中華系の服を着た彼は確かに言葉を喋っていたが、人間以外のものだと言われたら信じてしまいそうだ。
家に帰り、部屋を覗くと観用少女はまだ姿勢を崩していない。
店主に教えられたとおり、ミルクを人肌にあたため、家で一番良い器にいれた新八はカップを握り締めて彼女に近づく。

「あのさ、お願いだから、飲んでくれないかな。このままじゃ、君は枯れてしまうんだよ・・・」
必死に呼び掛けると、少女は初めて反応を示した。
よく晴れた空のような青い瞳に見つめられ、新八は改めて気付く。
彼女はこのとき初めて新八の顔を見たが、新八自身も今まで彼女の顔をしっかりとは見ていなかった。
色白の整った顔をしているが、肌は荒れて髪も艶が失われている。
思えば、彼女は元の持ち主に置いて行かれたのだ。
誰もいない家にたった一人、どんな思いで留まっていたかを考えると、新八まで悲しくなってくる。

 

「ごめんね。もう君を放って外に行ったりしないから。だから、これを飲んで元気になってよ。君の笑った顔を見てみたいよ」
少しやつれてしまった今でも、十分に綺麗なのだ。
笑ったら、どれだけ魅力的になろうだろう。
彼女を心配する新八の思いが伝わったのか、観用少女はゆっくりとカップへ手を伸ばす。
一度掴めば、あっという間だった。
新八が驚く勢いでミルクを飲み干した彼女は、新八と目が合うなり、にっこりと微笑んだ。 

春の風が吹いたような、あたたかな気持ちになる愛らしい笑顔に、自然と心が浮き立つ。
「もっといる?」
訊ねると、観用少女は新八の瞳を見つめたまま何度も頷いた。
お団子に髪を結わえた頭を撫でても彼女は抵抗しない。
観用少女には、ミルクと愛情。
店主の言葉が再び耳元で聞こえたようだった。


あとがき??
次はもっと神楽ちゃんっぽくしていくぞー。
話はもう決まっているのでただ書くだけなんですが、じ、時間が・・・。
新神なんてドマイナー、読んでる人いないだろうなぁ。でも、楽しいからいいか。
目を通してくださっている方には感謝ですv


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