観用少女 4


神楽がいなくなって以来、全てのやる気が失せてしまった。
一人きりで家にいると、妙に心細い。
事務所に来てもぼんやりとソファーに座ったままの新八を銀時は厳しく睨み付ける。
「さっさと仕事しろー」
「・・・はい」
のろのろと立ち上がる新八は、取り敢えず洗う物を集めて洗濯機へと向かった。
ここ数日ろくな仕事が入っていなかったが、銀時はずっと笑顔だ。
空き家から密かに運び出した観用少女はよほどの高値で売れたらしい。

「新八ー、たまっていたお前の給料3ヶ月分ようやく払えるぞー」
「・・・4ヶ月分ですよ」
さり気なく誤魔化そうする銀時に新八はツッコミを入れる。
「いやー、あんだけふっかけても、正規の店で買うより全然安いってんだから、ぼってやがるよなぁ」
滞納していた光熱費や家賃を払い終えた銀時はいやにすっきりとした顔をしていた。
これで当分は仕事をしなくてもやっていけるはずだ。

 

そろそろソファーも買い換えようかと目を向けたとき、銀時はテーブルに乗ったビー玉のようなものに気付く。
手にとって光にかざすと、硝子玉とは思えない妙な輝きがあった。
サファイヤに似た青さがあったが、それがこんなところに転がっているはずがない。

「新八、何だこれー」
「えー??」
洗濯の籠を持ったまま部屋を覗くと、銀時が小さな丸い玉をしげしげと眺めている。
「ああ、それ、神楽ちゃんの涙ですよ。銀さん知っていました?観用少女の涙はそんな綺麗な玉になるんですね」
朗らかに笑う新八だったが、銀時の顔からは一気に血の気が引いた。
あまりに驚きすぎて、すぐには声が出てこない。
ぱくぱくと口だけ動かす銀時を見て、新八は不思議そうに首を傾げる。

「銀さん?」
「ば、ば、馬鹿野郎ーーーー!!お前、何でそれを早く言わねーんだ!!!!」
「え、な、何がですか」
「何が、じゃねーよ。観用少女の涙は『天国の涙』って名前が付けられた、世界に数えるほどしかない宝石なんだぞ!!一級品の観用少女の中でも涙を流せる物は限られていて、市場じゃ観用少女よりずっと高値で売れる・・・・」
興奮しすぎて、銀時は最後まで話すことが出来ない。
思わぬ話に目と口を大きく開けた新八は、唐突に響いた轟音に肩を震わせた。

 

「万事屋の坂田銀時、お前を窃盗の容疑で逮捕する!」
「観念しなせェ」
扉を壊し、土足でずかずかと事務所に上がり込んだのは町の治安を守る警察だ。
「逆らうんじゃねーぞ」
「せ、窃盗って、何のことだよ」
「観用少女だ。買い取った家族が元気のない観用少女を心配して店に問い合わせ、お前が無断で売り払ったことが分かった。それにな、夜逃げをした前の家族は観用少女の料金を全部支払っていなかったんだよ」
とっさに立ち上がった銀時に刀を突きつけ、黒髪の警官がいきさつを説明する。
全てがばれ、逮捕令状まで出てしまっては銀時にも逃げることは出来なかった。

「あ、あの、僕はどうしたら・・・・」
「ただの使用人なんかに用はねーよ。あっち行ってな」
茶髪の警官に素っ気なく言われると、新八は気が抜けて座り込んでしまう。
全てがあっという間のことだった。
銀時が逮捕され、残された新八が首を巡らせると床に転がっている小さな玉が目に入る。
貴重な宝石である『天国の涙』。
まさかとは思うが、こうした自体を見越して彼女はこれを残していったのだろうか。

 

 

 

 

「土方さーん、これ、俺がもらっちゃいけねーんですかい」
「ああー?」
見ると、押収したチャイナ服の観用少女と沖田が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
人形というと清楚に座っているものだと思ったが、彼女は例外らしい。
「店の人間が取りに来るんだから傷つけるなよ。お前にはこいつの代金払える貯金なんかねーだろ」
「公費ということで」
「出来るか!」
叫んだ直後に扉が開かれる。
下っ端の警官に伴われて入ってきたのは、中華系の黒い服を着た若い男だ。
おそらく、観用少女を扱う店の主人だろう。

「ご連絡、有難うございました」
「ああ、早かったな。幸い人形は無事だから・・・・」
煙草を灰皿に押し当てた土方が振り向くと、沖田はまだ観用少女と睨み合っていた。
「あのー、こいつ、俺が貰い受けたいと思ってやすが、駄目ですかい?」
「おいおい・・・」
頭を抱える土方の傍らで、店主は申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「それは、一足遅かったですね。こちらの観用少女はすでに売約済みなのですよ」
「え?」
「神楽ちゃん!!」
開いたままの扉の隙間から様子を窺っていた新八は、神楽の姿を確認するなり飛び出してくる。
神楽の方も、その声にすぐさま反応して振り返った。

「迎えに来たよ。お待たせ、神楽ちゃん」
優しい微笑みと共に言われた神楽は仏頂面から一転し、満面の笑みを浮かべて新八に飛び付く。
その頭からは、先程までいがみ合いの喧嘩をしていた沖田のことなど消し飛んでしまったようだ。
「総悟、ふられたなー」
楽しげに笑う土方を横目に、沖田はさして表情を変えることなく腕組みをする。
そして、明日から彼にはいつもの3倍嫌がらせをすることを心に誓った。

 

 

「新八ー、世話になったなぁ」
新八の払った保釈金により自由の身となった銀時は、心から彼に感謝している様子だった。
今まで給金も払わずこき使っていただけに、心遣いが身に染みたようだ。
「銀さんは、どこに行っても「いらない」って言われた僕を雇ってくれた、唯一の人ですから」
頭をかく新八は、恥ずかしそうに笑う。
捨てられた観用少女に同情したのは、境遇が似ていたせいもあるかもしれない。
奇蹟の宝石と言われる『天国の涙』を売って作った金は、神楽の代金、銀時の保釈金、諸々雑費を差し引いてもだいぶお釣りがきた。

「しかしよー、また万事屋なんか始めなくても、お前、食っていけるだろう」
「駄目ですよ。残りのお金は、神楽ちゃんのための貯金です。僕達の生活費は僕達で稼がなきゃ」
「さいですか」
留置場からの帰り道、二人とペットの犬は並んで歩いている。
日よけの傘を差し、銀時に肩車される神楽は新八と目が合うとにっこりと笑った。
確かに、『天国の涙』は貴重だ。
だが、この笑顔を引き替えにして、彼女の涙を見たいとは思わなかった。


あとがき??
神楽を狙う沖田くんが万事屋に入り浸っていると良いと思います。
実は、最初に書いた『観用少女』は沖田&神楽でした。
しかし、それが恐ろしくつまらなくてですね(2まで書いたのに)、暫く時間を空けて新八&神楽にしたらすいすい書けた。
観用少女の糧が「ミルクと愛情」だからでしょうか。
新八は神楽に簡単に与えることが出来ますが、天の邪鬼な沖田くんだと難しい。
私、思った以上に新神好きみたいですよ。神楽ちゃんのパピー編で、新八の株が一気に上がったようです。
もじゃもじゃと違って、眼鏡が神楽ちゃんを追いかけてきてくれたのが本当に嬉しかったらしい。
まさか、新八の活躍で号泣する日が来るとは・・・・。

観用少女は上手く育てると、成長したり、人間になったりするので、新八には頑張ってもらいたいです。
全然関係ないですが、『志村通』というバラエティ番組の名前を見るたびに、新八、お通ちゃんと結婚出来たのかーと思ってしまう・・・・。
志村けんの番組なんですよね。


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