一番つよい人


万事屋の事務所がある歌舞伎町は夜ににぎわう店が多く建ち並ぶだけあって、あまり治安は良くない。
新八がその日買い物に出かけたときも、たまたまやくざ者に絡まれる老婆を見かけたのだ。
声高に叫ぶ男の話を聞くと、ただ通りすがりに肩がぶつかったという些細な理由で老婆に言いがかりを付けているらしい。
彼が手を振り上げた瞬間、新八は思わず老婆をかばうように前に飛び出していた。

「あの、謝ってるじゃないですか。暴力は駄目ですよ」
「何だー、お前は」
よく見ると、やくざ者は新八の倍近くは体重があると思われるいかつい体つきの男だ。
アロハシャツから覗く腕には、般若の入れ墨も彫られている。
老婆に同情的な眼差しを向ける者はいても、彼の恐ろしい外見に威圧されて誰も近寄れない。
周りにはいつしか人だかりが出来ていたが、老婆を助けようと駆け出したのは新八ただ一人だった。

「邪魔なんだよ、オラ!!!」
「うわっ」
老婆を狙った拳は彼女を背にかばう新八へと向けられる。
一発目は何とか避けたものの、新八はそれほど身体能力は高くない。
すぐに掴まって殴り飛ばされてしまった。
老婆が人混みに紛れて逃げ出したのを視界の隅で確認し、頬の痛みを感じながらも、新八はホッと表情を緩ませる。
やくざ者は気が立っているらしく、おそらくはけ口を捜していたのだ。
新八が代わりに殴られれば、老婆を追うことはしないだろう。

 

「すみません、すみません!!」
地面に這い蹲る新八は、彼に対して必死に頭を下げた。
それだけが、今まで誰からも「役立たず」「のろま」「穀潰し」と言われ続けた新八の処世術だ。
無頼漢に対抗する力は新八にはない。
ひやすら謝ることしか、彼に出来ることはなかった。
「ちっ」
舌打ちしたやくざ者は新八の体を蹴りつけようとしたのだろうか。
彼が片足を上げたとき、新八は衝撃を覚悟して目をつむったのだが、痛い思いをしたのは彼ではなくやくざ者の方だった。

「全く、弱い者いじめなんて、最低ネ!!」
殴られたか蹴られたかしたのか、仰向けに倒れたやくざ者を呆然と見つめていると、聞き覚えのある少女の声を耳にする。
「・・・・神楽ちゃん?」
顔をあげた新八に、傘を肩に担いだ神楽は明るく笑いかけた。
「怪我はないアルか?」
「・・・うん」
差し出された白い手を握って立ち上がった新八は、無性に恥ずかしい気持ちで俯く。
神楽の方が新八より年下で、背丈もずっと小さい。
それなのに、彼女には助けられてばっかりだ。
神楽は夜兎族で、普通の地球人の何倍もの腕力を持っていると知っていても、情けなく思えて仕方がなかった。

 

「顔、血が出てるネ」
「えっ・・・・」
新八が頬を触ると、殴られて転がったときに出来たのか、擦り傷が出来ていた。
「ちゃんと家で消毒した方がいいアルヨ。それからまた買い物に行くね」
「うん」
立ち去る前に足下を見ると、やくざ者は泡を吹いて倒れているが、普通に呼吸はしていて問題はないだろう。
大きな怪我もないようだ。
騒ぎが収まると往来の人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、新八は神楽に手を引かれて万事屋へと向かう。
前を行く神楽の小さな背中が、いつもにもまして逞しく感じられる気がした。

 

 

 

「イテテッ!!」
「男なら我慢するアルヨ!」
傷薬を塗った神楽が絆創膏を貼った頬を叩くと、新八は思い切り顔をしかめたが悲鳴は何とか我慢した。
涙目で正面を見つめると、神楽がにこにこと笑っている。
それが妙にまぶしく見えて、新八は思わず顔を背けていた。

「・・・・格好悪かったよね」
「何がヨ?」
「あの、すぐやられちゃったし、謝るしか出来なくて。神楽ちゃんが助けてくれなかったらどうなっていたか・・・」
「新八は強いアル」
言い終える前に、新八の言葉は強引に遮られた。
「えっ?」
「あれだけ人がいたのに、悪い奴にからまれたおばあちゃんを助けようとしたのは新八だけネ。それに、新八はちゃんとおばあちゃんを守ったアル」
驚く新八の頭を、神楽は親が子供にするように撫でる。
「頑張ったネ」

神楽とて、夜兎族として対抗できる力があるからこそ、誰に対しても臆さず真正面からぶつかれるのだ。
もし、普通の地球人の少女だったなら、新八のように弱い者をかばうことなく、それを傍観していた人々に紛れていたかもしれない。
神楽が評価したのは体ではなく、新八の心の強さだ。
それはどんなに鍛えようと努力しても難しいもので、新八がもともと持っていた気質なのだろう。

 

「新八は格好良いヨ」
にっこりと笑う神楽に微笑みを返そうとして、「眼鏡は格好悪いけどな」と続ける彼女に、ずっこける。
「・・・結局、格好悪いんじゃん」
ついクセで突っ込みを入れると、神楽の笑顔はより一層楽しげなものになっていた。


あとがき??
すみません・・・・リクは新神でほのぼのだったのに、あんまりほのぼのにならなかったです。(涙)
そして、長々とお待たせして、すみませんでした。
弱いくせに強くて優しい、新八への愛はたっぷり詰めたつもりです。
372000
HIT、花乃様からのリクエストでした。


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