傘の下の君に告ぐ 1


大金の入る仕事は滅多にないものの、小さな依頼ならばそれなりに入る万事屋だったが、新八は週に一度休みをもらって事務所に顔を出さない日があった。
主に寺子屋時代からの友達のとの付き合いや、お通ちゃんファンクラブのミーティング、そして細々とした家の片付けをこの日にすませることが多い。
そして、道場での鍛錬も忘れてはならない新八の大事な務めだ。
銀時や神楽と騒がしく過ごしているとうっかり忘れそうになるが、志村家の姉弟の夢は恒道館の再興。
資金が集まりさえすれば、父の死と共に離散した門弟が再び集まり、道場も活気を取り戻すはずだった。
その日が来る前に腕が鈍っていたのでは、全く意味がなくなってしまう。

 

「一人より、相手がいた方がいいアルヨ」
素振りを終えた新八が、父から教えられた剣術の型を一通り試していると、ふいに後ろから声をかけられる。
いつの間に入ってきたのか、壁に背中をつけて立つ神楽が、にんまりと笑って新八を見ていた。
新八が答える間も無く、彼女の手にはすでに竹刀が握られている。
「私に勝ったら、何でもいうこときいてあげるアル」
言うが早いか自分に突進してきた神楽の竹刀を、新八はかろうじて避けた。
神楽が手加減しているのか、その動きにきちんと目はついていけている。

「何してるアルか」
神楽は容赦なく竹刀を振るってくるが、新八は急所への攻撃をいなすだけで、他の場所にすり傷を作っても平気な顔をしている。
考えてみると、昔はよく殴り合いの喧嘩をしたものだが、近頃は神楽が一方的に攻撃するだけだ。
新八はけして反撃をしてこない。
その理由を神楽は十分に理解していた。
大人になって分別がつくようになったということもあるが、夜兎の神楽ならば多少の傷など簡単に癒えてしまうというのに、神楽を含む婦女子に対して本気で挑むことが出来ないのだ。
相手が誰であっても女性には手を挙げない。
その優しさは剣士には全く無用なものだと思うが、新八らしいような気もする。
「・・・つまらない奴」
鼻で笑う神楽は、とどめとばかりに新八の横腹を力一杯蹴った。
竹刀の動きのみを目で追いかけていた新八は、思わぬ奇襲に対応が遅れ、そのまま道場の床に腹這いで倒れ込む。

「油断大敵、アル」
腰に手を当てて高圧的に言い切った神楽だったが、新八はまだ苦しそうに腹を押さえて蹲っていた。
暫く待ってみたが、立ち上がる素振りを見せない。
「・・・新八?」
流石に不安になった神楽が屈んで顔を覗き込むと、微かに口端を緩めた新八と目が合う。
眼鏡はどこかに飛んでしまったらしく、悪戯な微笑みだ。
「心配した?」
「・・・・」
神楽が反射的にグーで殴ると今度こそ新八は失神したようだった。

 

 

 

「何、これ」
志村家の鍋パーティーに呼ばれた銀時は、仏壇に上がった厚手の封筒にいち早く目を留めた。
後から続いて部屋に入ってきた新八にも、見覚えがないものだ。
「今朝届いたお見合い写真ですよ」
振り向いたお妙が答えたときには、銀時はすでに封筒に手を伸ばしている。
「・・・俺はまだ結婚するつもりなんかねーぞ」
「あなたみたいなチャランポランな人にお嫁さんが来るはずないでしょう。これは新ちゃん宛てです」
妙な勘違いをした銀時にお妙がすかさず突っ込みを入れた。
「えっ・・・」
小さく呟いた銀時が傍らを見ると、新八と神楽は彼と同じように目を丸くしている。

「えええーーー!!!」
「とても可愛らしいお嬢様なの。新ちゃんより一つ年下の19歳。先方の方から是非にって」
仰天する3人を尻目に、お妙は和やか表情で説明を始めた。
「千葉道場の末の娘さんで、多少なりとも剣は扱えるそうよ」
「ち、千葉道場って、あの、北辰一刀流の」
「他にないでしょう」
震える声で訊ねる新八に、お妙はさらりと答える。
北辰一刀流は江戸では知らぬ者がいないほど知られた流派で、柳生と双璧をなす名門中の名門だ。
田舎剣法と言われている天堂無心流とは格が違う。
腕利きの門下生を恒道館に助っ人として寄こしてくれるばかりか、資金の援助の話もあるらしく、志村姉弟にとっては願ったり叶ったりの条件だった。

「どーせ、とんでもない不細工とかいうオチなんだろ・・・・・」
頭の中でゴリラのような顔の女を想像した銀時が封筒に入っていた写真を見ると、そこに写っていたのは和服姿の清楚な娘だ。
新八が長年ファンを続けている、お通に似ていないこともない。
「新八、結婚しろ」
「はやっ!!」
銀時に肩を叩かれた新八は、間髪入れず声をあげた。
有り難い話だったが、あまりに突然すぎて新八はまだ事態が呑み込めていない。

「あの、姉上、僕まだ二十歳になったばかりで、結婚だなんて・・・・」
「とくに早いということもありません。武士は嫁をもらってようやく一人前と認められるんですよ」
「・・・姉上」
「お見合いは来週の日曜日。新ちゃん、ちゃんと予定を開けておいてね」
断定的な物言いからして、すでに千葉道場の方からいくらか金銭をもらっているのかもしれない。
新八にしても、断る理由がすぐに思いつかなかった。
そこまで考えて、新八は自分の思考に首を傾げる。
新八自身とても良い話だと思うのに、何故、初めから断ることを前提に悩んでいるのだろう。

 

「・・・何やってんの」
後ろから神楽に髪をいじられた新八は、怪訝そうに振り向いた。
神楽が片手に握っているのは台所にあったはずの出刃包丁だ。
「お見合いに備えて、私が格好よく頭をカットしてやるアルヨ」
「いいから、やらなくていいから、そんなこと。っていうか、カットするのは頭じゃなくて髪だから」
「じゃあ、お見合いが上手くいくように服を選んでやるアル!新八、だっさい着物しか持っていないアルから」
無邪気に笑う神楽を見るなり、新八の体からは一気に力が抜けていった。
ちくちくと胸が痛みだし、自然と奥歯を噛みしめる。
神楽が自分に対して、万事屋の仲間以上の感情を持っていないことは、前々からよく分かっていた。
他の女性との結婚を後押しする神楽の言動に傷つくなんて、今更のことだ。
「・・・・・気持ちだけ有り難く受け取っておくよ」


あとがき??
凄いよ、ちゃんと新神っぽい!私が書くと神→新になってしまう場合が多いんですが。新八が可愛すぎて・・・・。
タイトルはミスチル。曲はどんなか知りませんが、神楽っぽいですよね。
そういえば、新八が萌え娘とデートしたとき、神楽ちゃん(お妙+銀ちゃん)尾行して騒いでいたような。そこに愛はないんでしょうか。


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