傘の下の君に告ぐ 2


「ほら、早く机の上片付けろ」
「・・・・新八は?」
「千葉道場に寄ってからこっちに来るってよ」
「ふーん」
食事の支度をする銀時の脇をすり抜けて、神楽は机にのっていた新聞や雑誌を片付ける。
見合い話が上手くいったらしく、ここ数ヶ月、新八は毎日のように千葉道場に通っていた。
随分しごかれているのか、手足に擦り傷を作りつつも、体は随分と引き締まってきたようだ。
一人娘を嫁にもらうため、新八も向こうの家になじもうと必死なのだろう。

 

「神楽、もういいのか?」
「うん」
丼飯を3杯食べた時点で箸を置いた神楽に、銀時は訝しげな顔つきになる。
放っておけば10杯でも20杯でも食べ続けるのが普通なのだから、不思議に思うのも無理はない。
「どこか悪いのかよ。病院行くか?」
「そんなんじゃないアル」
手を横に振って応える神楽だったが、自分でも不思議だった。
何故だか最近気が滅入ってしまって、何もやる気が起きない。
食もどんどん細くなっていく気がした。
風邪でもひいたのかと、銀時は神楽の額を押さえたが、熱は無いようだ。

「お前に何かあったら、俺があの怖い父ちゃんに殺されんだからな。具合が悪かったらすぐ言えよ」
「うん」
ぶっきらぼうな物言いだったが、優しく頭を撫でられた神楽は薄っすらと微笑む。
だけれど、その笑顔にもどこか覇気が無い。
さすがに心配になった銀時が言葉を続けようとしたとき、玄関の戸が開く音がして二人は同時に振り返った。
「おはよーございます。今日のペンキ塗りの仕事って、9時からでしたよね」
道場で使った防具を下駄箱の横に置き、部屋に入ってきた新八は笑顔で訊ねる。

「ああ、まだ一時間くらい余裕あるぞ」
「じゃあ、ちょっとお茶を一杯飲ませてくださいよ。汗かいたら喉渇いちゃって」
「私も欲しいアル」
流しに向かう新八にくっついて歩く神楽は、突然立ち止まった彼に釣られて足を止めた。
「神楽ちゃん、今日仕事が終わったらちょっと話があるんだけど、いい?」
「・・・うん」
ソファーで座る銀時を横目に見ながら、こそこそと耳打ちされた神楽は怪訝そうに頷く。
いつでも一緒にいるというのに、こんな風に改めて「話しがある」などと言われるのは、どうも妙な気持ちだった。

 

 

 

仕事帰りに連れて行かれたのは、志村家の敷地にある道場だ。
新八の父が生きていた頃は大勢の門下生が出入りし、活気にあふれていたらしいが今はひっそりと静まり返っていた。
師範や門下生の名前の札がかかっていた壁をぼんやりと見つめていると、竹刀を手渡される。
傍らに立つ新八は、いつもの稽古着姿で神楽に軽く頭を下げた。

「一勝負お願いします」
「・・・呼び出した理由は、これアルか」
「そう」
それならば別に銀時に内緒にすることでもないと思ったが、神楽は素直に竹刀を握って新八に向き直った。
中断に構える新八を正面から見据え、少し体を引いて間合いを取る。
新八の顔からは笑いが消えていた。
真剣な眼差しの新八は随分と大人びて見えて、神楽は改めて気を引き締める。
だが、力もスピードも夜兎である自分が上、そうした神楽の思いが油断を生んだのだろうか。
暫しのにらみ合いと小さな打ち合いが続き、いらだった神楽は上段の構えで新八に突進していった。
それまでの新八ならば、左右のどちらかに避けて次の手を考えていたはずだ。
思いがけず足を踏み込んだ新八に驚いた神楽は、気づいたときには胴を払われてその場に倒れこんでいた。

 

「神楽ちゃん、約束だよ」
額の汗を袖で拭いた神楽は、目の前に立つ新八を見上げる。
「僕のお嫁さんになってください」
「・・・・えっ」
満面の笑みを浮かべる新八を呆然と見つめ、神楽は開いた口が塞がらなくなった。
今、彼がなんと言ったのか、額に手を当てて考える。
神楽が悩んでいることが分かると、新八はにこにこ顔のまま言葉を続けた。
「この前、僕に言ったじゃない。「私に勝ったら、何でもいうこときいてあげる」って」
「・・・・・」

そうだっただろうか。
おそらく新八が自分に勝てるはずがないとはなから決め付けていたため、あまり深いことを考えずに口に出したのだ。
「でも、新八は千葉道場のお嬢様と結婚するアルヨ。重婚は犯罪ネ」
「とっくに断ったよ」
新八の手に掴まって立った神楽は、目をぱちくりと瞬かせた。
「こ、断った!!?」
「うん。でもさすがに電話だけですませるわけにいかないから、千葉家で直接ご当主様にお会いしたんだけど、何故だか気に入られちゃって」
頭をかく新八は、困ったような笑みを浮かべて状況を説明し始める。
新八が千葉道場に通っていたのは、婚約者に会うためではなく、神楽との勝負に勝つためだったらしい。
縁談話は破談になったが、千葉道場の当主は新八が稽古に参加することを快く承諾してくれた。
そこで鍛え直したおかげで、新八は神楽の動きにとっさに反応できたのだ。

 

「私は・・・、駄目アルヨ」
「眼鏡が嫌いだから?」
神楽が視線をそらして俯くと、新八は間髪いれずに問いかける。
初めて会ったときのことをしつこく覚えていた新八に、神楽は少しだけ頬を緩めた。
「そんなんじゃないアル。私はどこかのお嬢様みたいに、道場再興のための資金だって出せないし、たいした役には立たないアル。だから今からでも千葉道場の方に・・・」
「時間はかかってもいいんだよ」
神楽が言い終えないうちに、新八は被さるようにして声を出す。
「北辰一刀流の名前を使えば道場の立て直しは簡単かもしれないけど、やっぱり僕は自分の力で門下生のみんなを呼び戻したいんだ」
神楽の瞳に戸惑いの色を見出した新八は、にっこりと笑って手を差し出した。
「そばにいてくれる?」

 

 

 

万事屋に戻った神楽は、小食だった期間の分を取り戻すかのように、猛烈な勢いでお櫃の米を平らげ始める。
どうやら、新八の結婚が心に蟠っていたことが近頃の不調の原因のようだった。
新八に告白されるまで自分の気持ちにまるで気づかなかったのだから、神楽の鈍さは筋金入りだ。
「お前なー、苦労するぞ、あんなの選んだら」
「姉上のおかげで随分と耐久力がついていますから、大丈夫ですよ。よく見ると神楽ちゃんも美人だし、何だかんだ言って気を遣わないから一緒にいて楽だし」
神楽が飲み物を取りに行った隙に小声で忠告すると、新八は笑顔で銀時に応える。
「それに、神楽ちゃんが背中を押してくれれば、駄目な僕でも頑張れそうなんです」
「・・・・」
そんな風に、幸せそうな笑顔で言われてしまっては、もう第三者の銀時では口を挟めない。
喜ばしいことなのに、寂しいような気がするのは、二人の保護者として見守っていた時間が長いせいだろう。
「・・・まぁ、頑張れや」
新八の肩を軽く叩いてこう言うのが精一杯だった。


あとがき??
今は可愛いですが、何年か経ったら絶対いい男になると思いますよ、新八!!


戻る