奪魂糖 1
定春を連れて散歩をしていた神楽は、その日、町のちんぴらに絡まれる年配の女性を見かけた。
話を聞くと、彼女の肩がぶつかったため、慰謝料を払えなどとちんぴらが言っている。
歌舞伎町では日常茶飯事の光景だ。
自分が出るまでもない。
定春をけしかけて追い払った神楽は、蹲っている女性に代わって、往来に散らばった彼女の荷物を拾い集めた。「ばーちゃん、怪我はないアルか?」
「ああ、平気だよ。すまないね」
神楽の手に掴まって立ち上がった女性は、服に付いた汚れを落とすと、バッグの中から財布を取り出す。
「これ、お礼の気持ちだよ。好きなお菓子でも買うといい」
「いらないアル。ばーちゃんが無事ならそれでいいアルヨ」
小遣いを渡そうとする女性に、神楽はにっこりと笑って応える。
「うちはどこアルか?またあいつらが戻ってくるかもしれないから、送っていくネ」
「あれ、そうかい。有り難うね」女性に付き添って神楽がたどり着いたのは、町外れにある手作りの飴屋だった。
道中、身の上話など大まかに聞いたが、息子夫婦が大阪で商いをしているため、彼女が一人で切り盛りしている店らしい。
小さな店舗で客もそれほど多くないため、年配の女性一人でも十分にやっていけるのだ。
「これぐらいは、受け取ってくれないかい」
別れ際、赤いハートの形をした飴をつめた瓶を、彼女は神楽に向かって差し出す。
「これは『奪魂糖』っていって、特別な飴なんだよ」
「特別?」
「意中の人に食べさせて、頭上に出てきたハートをつかめば相手は自分に夢中になるって代物だ。お嬢ちゃんにも好きな男の子くらいいるんだろう」
「・・・・」
さして思い至らなかった神楽だったが、その飴には興味があったため有り難く受け取ることにした。
近頃大きな騒動もなく、退屈をしていたところだ。
暇つぶしには丁度良いかもしれなかった。
「ただいまヨー」
「おかえり、今日は随分ゆっくりだったね。おやつはもう机に置いてあるよ」
「・・・・・」
万事屋に戻った神楽は、出迎えた新八をじっと見据える。
平凡な眼鏡顔だが、飴の効果を試すには打ってつけの実験体だ。
「な、何?」
「これ、お土産ネ。食べるヨロシ」
瓶の蓋を開けた神楽は、新八の返事を待たずに飴玉の一つを彼の口に放り込んだ。
「・・・・どうしたの、これ?」
「親切なばーちゃんにもらったアル」
もぐもぐと飴玉を食べながら話す新八を眺めていると、聞いた話の通り、頭の上に小さな赤いハートが浮かび上がった。
あとはこのハートをジャンプして奪うだけだ。神楽は楽々ハートをゲットし、急に顔を赤らめた新八はいそいそと奥の部屋へと入っていった。
何をするのかと思いきや、新八は机に向かって何かを一生懸命に書いている。
文面を見ると、どうやらラブレターらしい。
『君はボクの可愛い小鳥・・・』等と浮ついた文章が続く手紙を書き終え、新八は頬を赤くしたまま封筒を突き出す。
「こ、これ、神楽ちゃんに!ボクの気持ちだから」
「・・・・はあ」
手紙の最期は『交換日記から始めましょう』で終わっていた。
始終一緒にいるというのに、今さら交換日記もなにもないものだ。
それでもまだ観察を続けると、新八はせっせと編み物を始めた。
手先が器用なためすいすいと作業が進むが、どうやらセーターを編んでいるらしい。
セーターには『LOVE』の文字とハートマークの模様が出来ている。
おそらく神楽にプレゼントするつもりだろう。
「・・・・・・女学生みたいな反応アルね」興味の失った神楽が手を放すと、ハートは元のように新八の頭上に戻っていく。
「はっ、ボクは一体何を・・・・」
我に返った新八は編みかけのセーターを握りしめ、きょろきょろと首を動かしている。
どうやら、ハートを奪われている間の行動は自らの意思によるものではないため、記憶が飛んでしまうようだ。
「・・・・何だろう、これ」
「奪魂糖の効力アルヨ」
セーターを見つめて困惑する新八に、神楽はあっさりとネタばらしをする。
瓶に貼られたラベルを見ると、飴を食べて出てきたハートは数日で消えるということだった。
「これは凄いものだよ、神楽ちゃん!もし、この飴を・・・」
「お通ちゃんは曲がりなりにもアイドルだから、ファンからもらった飴を簡単に食べることなんてないアルヨ」
神楽が機先を制して言うと、新八は言葉に詰まる。
「ぼ、ボクは純粋にお通ちゃんのファンなんだ。怪しげな飴玉で無理矢理ハートを奪うなんて、考えるわけないじゃないか」
「そうネ?ところで、銀ちゃんは」
「まだ寝てるよ。もー、朝帰りしたと思ったらこんな時間まで寝てるんだから、嫌になっちゃうよね」
ぶーぶーと文句を言う新八を尻目に、神楽はすたすたと銀時の寝ている部屋へと直行した。
「次は銀ちゃんで試してみるネ」
「えっ、ちょっと神楽ちゃん」襖を開けると、銀時は熟睡中らしく、高いびきをかいている。
そして彼に近づいた神楽は何の迷いもなく飴を口に押し込んだ。
「危ないよー。喉に詰まらせたらどーするの」
「あっ、出たネ」
新八の言葉を無視した神楽は、銀時の頭の上にあるハートを手に取るとその体を揺すって目覚めを促す。
「起きるアルーーー銀ちゃんーー」
「・・・・・・うるせー。今、何時だと思ってやがる」
「銀さんは何時だと思っているんですか」
目をこすりつつ、不機嫌そうに声を漏らした銀時に新八が逆に問いかける。
時刻は15時半、真っ当な人間ならば日々の生活のために汗水たらして働いているはずだった。
「てめーらなー、俺がどれだけ苦労してお前達の餌代を稼いでいると思ってやがる。そうした心労を洗い流すために、酒を飲むことだって大事な・・・」
半身を起こしつつ、ぐだぐだと言い訳をしていた銀時は、神楽と目が合うなり黙り込む。
神楽だけでなく、新八も銀時がどのような行動を取るか固唾を呑んで見守ったのだが、彼は無言のまま立ち上がった。
そして、台所に向かうと何かを作り始める。
どんぶりにご飯をよそい、小豆をたっぷりと載せた銀時が一番好きな料理(?)だ。
「これ、食え」
「・・・・・・・・・・・」銀時が自分の好物を他人に与えることは滅多になく、彼が開けたのはこの家にある最期の小豆の缶詰だ。
これが、彼なりの愛情表現なのだろう。
「銀ちゃんの愛は私には甘すぎるアル・・・」
小豆載せご飯にたっぷりシロップをかけて渡され、神楽はげんなりとした表情で呟く。
新八は甘い物が嫌いではないが、その丼は見ているだけで気分が悪くなりそうだった。
あとがき??
奪魂糖は、『うる星やつら』が元ネタでした。
ハートを奪われるって、今だったら『シュガシュガルーン』とかなのかな。
本当は沖田くんと神楽ちゃんの話だったのに、前ふり長いよ・・・・・。
2は沖田くん登場ですが、書けるかどうか。