奪魂糖 2


遊び相手のよっちゃんや、バイト中の長谷川にも飴の効果を試し、遊んでいるうちに瓶に入っている残りは僅かになってしまった。
「次は誰にするアルかねー」
「神楽ちゃん、もうやめた方がいいって・・・」
心配で神楽のあとを付いて歩く新八は、騒動が起こりそうになるたびにフォローが大変だ。
神楽をめぐってのよっちゃんと長谷川の喧嘩を止めるはめになるとは、想像もしていなかった。
新八の頭の上にもあった赤いハートは、今は用心のため彼の懐の中に入っている。
自分が持っている分には、トラブルに巻き込まれる可能性はない。

「・・・・・・・・いいカモが来たアル」
「えっ」
にやりと笑った神楽の視線の先を追った新八は、何とも微妙な表情でその人物を見つめる。
どこかで昼寝をした帰りなのか、目をこすりながらふらふらと歩くのは、真選組一番隊隊長の沖田だ。
会えば喧嘩の繰り返しで、神楽とは犬猿の間柄。
神楽がこれに目を付けないはずがない。

 

 

 

「そこのヘボ警官、お前にこれをめぐんでやるアル」
「あァ??」
振り向いた沖田は、唐突に飴の入った瓶を突きつけられ、怪訝そうに神楽を見やった。
隙をついてパンチの一つもお見舞いされることはあっても、菓子を分け与えられたことなど皆無だ。
疑うのも当然といえる。

「さては毒入り・・・・」
「ちゃんとした飴アルヨ。ねえ、新八」
「あー、うん」
目を伏せた新八は言いにくそうに返事をしたが、沖田は意外にも素直に飴玉を手に取った。
「じゃあ、物物交換ってことで、これをあげまさァ」
「えっ、本当ネ!」
沖田が懐から出したチョコレートを見るなり目を輝かせた神楽は、その拍子に口に投げ込まれた飴をうっかり呑み込んでしまう。
目の前でにやりと笑った沖田に、はめられたことを知った神楽だがもう遅かった。

 

「何でェ、こりゃー」
「ああーーー!!!」
新八が絶叫する中、沖田は神楽の頭上に浮き出た赤いハートを手に持ち、しげしげと眺める。
なにやら暖かくて柔らかい、不思議な感触だ。
飴玉の正体を聞こうと首を動かしたとき、神楽に思い切り体当たりをされた沖田はそのまま地面に転がり、勢いで隣りの塀にぶつかってしまう。
強かに背中を打ち付けたため、暫く咳が止まらず大変なダメージだ。

ふいをつかれたせいで受け身を取る暇もない。

「てっ、てめェ、チャイナ!!何す・・・・」
言葉は最期まで続かず、沖田の視界は遮られる。
体の上に跨いで座る神楽にキスをされているのだと分かったのは、たっぷり3分間は呆然とした後だった。
「・・・好きアル」
顔を離し、沖田の瞳を間近で見据えた神楽は、熱っぽい声で告げた。
何かの冗談にしては眼差しが真剣すぎる。

「か、神楽ちゃんて、意外と情熱的な・・・ってそんなこと言ってる場合じゃない!離れて、神楽ちゃん!!嫁入り前の娘さんが白昼堂々、往来で何てことを」
「もう離れないアルー!!邪魔するなネ」
神楽の腕を引っ張った新八は殴られて鼻血を出している。
すり寄ってくる神楽を何とか引き剥がし、起き上がった沖田はティッシュを鼻の穴につめる新八に向き直った。
「これはどーゆうことでェ、眼鏡」
「実は、かくかくしかじかで・・・・・・」

 

 

意中の人に食べさせて、頭上に出てきたハートをつかめば相手は自分に夢中になる飴玉。
その効能と手に入れたいきさつを新八から聞き出した沖田は、一人納得して頷いた。
握りしめたままになっていたハートが、今も神楽が沖田の腕にひっついて離れない原因になっているらしい。

「ご迷惑をおかけして申し訳ないです。あの、ハートを返して頂ければ、神楽ちゃんも元に戻るんで。それを早くこっちに」
「へェー」
ひとしきり感心したあと、手を差し出した新八を無視して沖田は体を反転させる。
そのまま神楽を連れてすたすたと立ち去る沖田に、新八は慌てて追いすがった。
「お、沖田さん、神楽ちゃんを返してくださいよ」
「返すって、べつにお前さんのもんじゃねーだろい」
「・・・・・まあ、そうですけど。あ、ちょ、ちょっと」
「新八、しつこいアル」
なおも言い募ろうとした新八を、神楽はぴしゃりとはねつける。
「私はこいつを愛しているアル。銀ちゃんや新八より、ずっと大事ネ」

自分を睨み付ける神楽を見た新八は、二の句が継げなくなった。
今の神楽は普通の状態ではなく、飴玉の力がこうしたことを言わせているのだ。
そう分かっていても、ショックを受けている自分自身に、新八はひどく狼狽する。
神楽は手のかかる妹のようなもので、彼女がどこの誰といちゃつこうが関係ないはずだ。
それでも、こんな形で連れて行かれてしまうのはどうしたって不本意だった。

 

「あ、あの、沖田さん、飴の効力は数日で、あとは記憶が消えちゃうんですよ」
「それだけあれば、いろいろ楽しめるじゃねーか。それに、忘れちまうならそんなに都合のいいことは・・・」
「やっぱり駄目ーーー!!神楽ちゃん、うちに帰るよ!!!」
「新八、離すネ!」
往来でもめ続ける警官と子供二人を集まった人々は遠巻きに眺め、何が起きたのかと推測し合っている。
貧乏に耐えきれなかった妹が犯罪に走り、捕まえに来た警官を兄が必死に引き留める光景。
それとも、冤罪で捕まろうとしているのか。
口々に囁かれるシチュエーションは当たらずとも遠からずといったところで、飴玉絡みの騒動はまだ暫く続きそうだった。


あとがき??
一応、これで終わりです。
個人的趣味から新神が幅を利かせているような・・・。


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