桂さんと一緒
「お前の彼女の店に連れて行くアルヨ!どんな女か、私がチェックしてやるネ」
「リーダー・・・、何度も言っているが幾松殿は俺の彼女ではない」
「幾松って名前アルか」
にやりと笑った神楽に、桂は思わず顔をしかめてしまった。
前に幾松の経営する『北斗心軒』で銀時と出くわした際に、妙な勘違いをされたらしい。
そればかりか、神楽にまでよけいなことを吹聴され、桂は困りきっている。
「ラーメン屋って聞いたアル。そこでおごるヨロシ」
押しの強い神楽に引っぱられ、桂は嫌々ながらに『北斗心軒』へ向かって歩いていた。
神楽の食べる代金はあとから銀時に請求するからいいとして、前に真選組とごたごたを起こして店を壊してから、久しく幾松と会っていない。
幾松の顔は見たかったが、彼女に何を言われるか少し怖かった。
「たのもーー」
尻込みする桂としっかり手を繋ぎ、神楽はラーメン屋の戸を開く。
丁度お昼の混雑がおさまった頃だったのか、椅子に座ってくつろいでいた幾松は二人を見ると少し首を傾げた。
桂と13、4の少女という組み合わせに意表を突かれたせいかもしれない。
「お前がヅラの彼女アルか!」
「リーダー、やめてくれ、本当に!!!」
ずかずかと幾松に歩み寄る神楽に、桂は心の底から懇願して腕を引っぱる。
彼女のことは確かに憎からず思っているが、こうも直接的に疑問をぶつけられればまとまるものもまとまらない。
メニューに好物のそばが追加されたこともあり、この店にはまだ暫く通っていたいのだ。「ラーメン二つでいいのかい?」
もめる二人の様子も気にせず、立ち上がった幾松はすたすたと厨房に入っていく。
「大盛りでお願いするネ!」
「はいはい」
神楽の合いの手に愛想良く答えると、幾松は珍しく笑顔を見せていた。
神楽に続いてカウンター席に腰掛けた桂は、ほっとした気持ちで作業をする幾松を見つめる。
おそらく、子供が相手だから幾松もいつもより物腰が優しいのだろう。
そう思うと、ここにくるきっかけを作ってくれた神楽に少しばかり感謝してもいいような気がしてくる。
「美味いアルー!!!」
注文したラーメンが来ると、神楽はひたすら「美味い」という言葉を繰り返し始めた。
そこに先程までの険のある表情は微塵もない。
「お前にならヅラを任せられるネ。これからもよろしく頼むアル」
一人で納得して頷いた神楽は、にこにこ顔で幾松を見つめている。
「・・・私の顔に何かついてるかい?」
「少しマミーに似てるアル。マミーも美人だったネ。強くて格好いいのに、料理を作るのも上手で、私も将来はマミーみたいな女になるのが夢アルヨ」
「へぇ」
瞳を輝かせて理想を語る神楽を見れば、両親から愛情を受けて育った娘であることが一目で分かる。
釣られて微笑んだ幾松だったが、神楽の表情がふいに陰った。
「・・・でも、病気で死んじゃったから、マミーはもういないネ」楽しそうに話していた神楽が肩を落としただけで、店内の電気が一つ消えたような寂しさだ。
ゆであがった麺を器に入れ、二杯目のラーメンを神楽のテーブルに置いた幾松は彼女の頭を優しく撫でる。
「またいつでもおいで。一杯目はご馳走してあげるよ」
「姉御―!!」
現金なもので、再び元気にラーメンをすすりだした神楽を見て、幾松と視線を合わせた桂は互いに微笑を浮かべる。
幾松が「彼女」というのは誤解にしても、普段親しくしている二人がうち解けてくれたのは何となく嬉しい。
「ああ、そうだ。あんたには、これね」
笑顔のまま幾松が差し出したのは、先日店を壊した際、修理にかかった金額の書かれた請求書だ。
顔を引きつらせながらも、桂は今ある貯金の額を頭の中で計算し始める。
またバイトを一つ増やさなければならないが、彼女の機嫌を損ねないためには仕方のない出費だった。
「ヅラ、お前女を見る目があるヨ。早く結婚するといいアル」
「だから、そういう関係ではないと何度も・・・・」
「でも、姉御の方は一度も否定しなかったアルヨ」
「・・・・・」
言われてみると、そうだったかもしれない。
黙り込んだ桂を見て神楽は満足そうに笑い、何もかも分かったような表情でその背中を叩く。
「まあ、女なんて一回ヤッちまえばこっちのもんアル。頑張りな」
「リーダー・・・・」
君は一体いくつなのかと訊ねようとして、ふいに感じた殺気に、桂は神楽の体を抱えて飛び退る。
間一髪だった。
バズーカ砲の玉が脇をかすめ、後方にあった民家が爆発を起こしている。「桂・・・、そろそろ年貢の納め時でさァ」
桂と神楽の睨む先には、二人を攻撃した沖田が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
彼と共に巡回していた山崎は青い顔で狼狽えている。
「お、お、沖田さんーー、火事なんか起こして、また土方さんにどやされますよーー。もう発砲するなって言われたのに」
「人を殺す気アルか!!!」
山崎が諫め、神楽ががなり立てても、沖田は飄々とした態度を崩さない。
「大事の前の小事、多少の犠牲は止む得ないものですぜ。チャイナ、指名手配犯といちゃいちゃしやがって、随分仲がよさそうだなァ、おい」
「ヅラはお前になんか渡さないアル。ヅラは私の大事な人(注:子分)アルヨ」
「・・・・・」
神楽が傍らにいる桂の体にひっつくと、沖田の目が細められた。
周囲は気温が一気に0度以下まで落ちたような冷ややかさで、山崎は両手で自分の体をかき抱いている。「お、沖田さん、挑発(?)にのったら駄目ですよ。早く桂を・・・」
「怪我をしたくなかったら、下がってろィ」
再びバズーカ砲を構えた沖田に先んじて、神楽は傘を持って駆けだしていく。
「先手必勝―――」
「小賢しい!」
重みでハンデとなるバズーカ砲を放り出した沖田は、刀で神楽の傘に応戦した。
その隙に桂は全速力で逃走し、山崎はあたふたと桂、火事の現場、神楽と戦う沖田へと視線を彷徨わせる。
「沖田さんーー、職務より嫉妬を優先させないでくださいよー」
真選組の追っ手を振りきって走る桂は、神楽の思いやりにそっと涙をぬぐう。
自分を逃がすために、わざと真選組の人間に向かっていってくれたのだと思うと、感謝の気持ちで一杯だ。
次に会うときは、『北斗心軒』でラーメンをご馳走しよう。
固く心に誓い、今日はなかなか有意義な一日だったと振り返る桂だった。
あとがき??
桂さんと神楽ちゃんには、ずっと「リーダー」「ヅラ」と呼び合う関係でいて欲しいです。ニンジャーダブルカレー万歳!
大好きな桂×幾松に神楽ちゃんを絡め、おまけで沖田くんまで登場させたので、すっかり満足です。