桂さんと一緒 2


「もう銀ちゃんのところになんて帰らないアルーー!」
神楽に泣き付かれ、桂は困惑気味にその頭に手を置く。
「また喧嘩をしたのか」
「銀ちゃんの貯金箱から小銭を借りて酢昆布を買っただけアルヨ。めちゃめちゃ叱られたネ」
「・・・・それは、リーダーが悪いんじゃないのか」
「今月は給料も小遣いも無いからしょうがないアル」
神楽はぷいと顔を背けたが、彼女や定春を養うためには莫大な食費がかかり、そこまで手が回らないのが現状なのだろう。
彼らがどれほど騒動を起こしても追い出す素振りがないのだから、それなりに大事にしている証拠だ。
だが、子供の神楽には万事屋の苦しい内情はまだ理解出来ていないらしい。

 

「これからはヅラのところに居候するアル!」
「俺は構わないが、銀時が心配しているぞ・・・」
「そんなはずないネ」
「あのさぁ、ちょっといいかい?」
二人の会話に途中から割り込んだのは、同じ和室で正座していた幾松だ。
昼食と夕食の間の中休みの時間、どたどたと店にやってきた二人はそのまま二階の住居スペースにあがりこみ、なにやら自分の荷物を広げていた。
それぞれペンギンのお化けのような生き物や、巨大な犬を連れているために、もともと狭い部屋はさらに窮屈に思える。

「何、あんた達、うちに住むつもりかい?」
「暫くの間、世話になる」
「お願いするネ」
桂と神楽はそろって幾松に頭を下げた。
真選組の追跡をかわすため住処を転々としている桂だったが、新しく借りた長屋は早くも彼らの手が回っていたのだ。
次の家を見つけるまでの間どこに潜伏するか考えたとき、ふと思い浮かんだのが幾松の顔だった。
受け入れてもらえるかが問題だったが、偶然家出してきた神楽と合流したときに桂の心は決まる。
幾松は子連れで困っている人間を追い出せる性分でないことを、短い付き合いながら桂は重々承知していた。

 

 

 

「あの店かい?」
「ええ、桂が最近通っているそうで、次に姿を見せるならここだと思います」
私服姿の沖田に対し、電信柱の陰に隠れる山崎は重々しく頷いた。
彼らの視線の先にあるのは、『北斗心軒』の暖簾がかかったラーメン屋だ。
普段ならば監察の山崎が変装してそれとなく探りを入れるのだが、今日は何故か非番の沖田が捜査の協力を申し出ている。
何か個人的に桂に恨みがあるらしく、山崎がいくら止めても聞く耳を持たない。
「じゃあ、いってくる」
「あ、もし桂が来てもいきなり発砲したり斬りつけたりしないでくださいよ。他の客が怪我をしたら大変なのだ」
「分かってらァ」
てくてくと軽い足取りで店に向かう沖田の後ろ姿を見つめながら、彼の素行を知っているだけに、どうしても不安を拭えないでいる山崎だった。

「いらっしゃい!」
扉を開けると、まず威勢のいい店主の声が聞こえた。
そしてラーメン屋らしからぬ衣装を着て動き回る従業員の姿に、沖田の思考は扉に手を掛けた姿勢のまま停止する。
「いらっしゃいませヨー・・・・あっ、お前、何しに来たアルかーー!!!」
振り返るなり、持っていた盆を放り投げて沖田に詰め寄ったのはメイド服の神楽だ。
ウエイター姿の桂といい、ラーメン屋の店員として何か勘違いしていると思える衣装だが、濃紺のワンピースとレースのエプロンは萌え要素がたっぷりと詰まっている。
「やるじゃねーか、チャイナ・・・」
襟首を掴む神楽の手を乱暴に振り払った沖田は、早くなった鼓動を抑えるように自分の胸を押さえる。
思いがけない先制パンチだった。

 

「遊園地に連れて行ってやる」
「はぁ!!?」
突然手首を握られた神楽は素っ頓狂な声で応える。
「観覧車、乗りたいだろ」
「何わけの分からないこと言ってるアルか!私は姉御の店の手伝いが・・・・」
「その娘から手を離せ」
冷ややかな声を聞いたと思ったときには、沖田の首筋に冷たい刃が当てられていた。
沖田に鋭い眼差しを向けているのは、ウエイターに扮した桂だ。
ただし、指名手配中であることを考慮したのか、鼻眼鏡をかけているために全く緊張感がない。
「・・・俺とやるってのかい」
口元を歪めた沖田は冷たい笑みと共に呟く。
ここまで接近を許してしまったのはとんだ失態だったが、刀を交えれば彼に勝てない相手などいない。
不穏な空気が広がる中、ラーメンを食べることを忘れた『北斗心軒』の客達は固唾を呑んで事態を見守っている。

「やめな」
沖田が刀の柄に手を掛けた瞬間、目の前を何か煌めく物が横切った。
そして壁に突き刺さった包丁を見て、沖田の背筋に冷たい物が走る。
ほんの数センチずれていたら、確実に頭に命中していた。
「私の店で好き勝手なことはさせないよ。ま、スープの具になりたいってんなら話は別だけどね」
厨房から出てきた幾松は、二人に向かってにっこりと優しい微笑みを浮かべる。
数々の修羅場をくぐり抜けてきたはずの桂や沖田を凍らせたその微笑みは、怒ったときのお妙以上の迫力かもしれなかった。

 

 

 

「で、奴は来たんですか?」
素直に客としてラーメンを食べて出てきた沖田に、万一の時に備えて待機していた山崎はすぐさま駆け寄った。
「・・・奴?」
「桂ですよ」
不思議そうに首を傾げた沖田に、山崎は少々声を荒げる。
店にいる間は山崎の存在を忘れていたのだから、桂のことなど覚えているはずがない。
目をつむって思い出すのは、エプロンドレスの神楽だけだ。
「・・・・それらしい客は来なかったでさァ」


あとがき??
確かに客ではなかったです。
沖田くんといえば、観覧車=チューするところ、ですよね。
銀ちゃんが迎えに来るところまで書けなかった。


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