思春期未満お断り
「おはようございますーー」
万事屋の事務所に入った新八は大きな声で呼びかけたが、床で寝そべる定春が少し顔を動かしただけで、他に人の気配はしない。
壁にある時計を見ると、すでに10時を回っていた。
「もー、相変わらずだらけているんだから、あの二人は」
家から持参した茶葉と和菓子をテーブルに置いた新八は、まず近くにある神楽の部屋の襖を開ける。
「神楽ちゃん、起きてーー」
たまに攻撃されることがあるため、思わず身構えた新八だったがそこに涎を垂らして眠る神楽の姿はなかった。
「あれ?」
押入には神楽の荷物がそのまま残っており、大切な傘も玄関にあったはずだ。
嫌な予感がした新八が和室へと続く襖を開けると、案の定、枕を一つ持って移動した神楽はそこですやすやと安らかな寝息を立てている。
銀時の背中にくっつく神楽は実に幸せそうな表情をしていたが、頬を引きつらせる新八の怒りのボルテージは上がっていく一方だった。
「自分の部屋で寝るように、何度も言ったでしょう!」
「うっさいアル。私は誰の指図も受けないネ」
茶碗の米をかっ込む神楽は、小言を言い続ける新八から顔を背けている。
朝食の準備をしたのは新八なのだが、まるで恩義は感じていないらしい。
「銀さんー」
「知らねーぞ、俺は。こいつが勝手に布団に入ってくるんだから」
もぐもぐと口を動かす銀時はやはり聞く耳を持たないようでTVを凝視したままだ。
「布団に入ってきたら分かるでしょう。ちゃんと追い出してくださいよ」
「うるせーなー。何をそんなにいらついてるんだよ、新八」
「いらついてなんかいませんよ。ただ、僕はその、何か間違いがあったときのことを心配して・・・・・」
「・・・・」
同時に箸の動きを止めた銀時と神楽は、それぞれ眉を寄せて新八の顔を見つめる。
「あー、お前の年頃って頭の中そんなんばっかなんだよなぁ」
「マジキモいアル。暫く私に近寄らないで」
「だからーーー、万が一のことですよ」今はまだいいとしよう。
しかし、凹凸のない貧弱な体で色気など微塵もなくとも、神楽は一応女なのだ。
このまま子供のままでいるわけではなく、日々成長して段々と大人に近づいていく。
大きくなっても誰かの布団に潜り込む癖がなおらなければ、非常に問題だった。
「人のことを助平扱いして・・・」
ぶつぶつと呟く新八は、無意識に足下の小石を蹴り上げていた。
神楽の未来を心配しているだけだというのに、朝からずっと二人には白い目で見られている。
いたたまれなくなって外に買い物に出かけたのだが、どうにも帰りにくい。
考えながら歩いていた新八は、ふと顔を上げて周囲の看板を見るなり顔を赤くした。
元々歓楽街である歌舞伎町にはいかがわしい店が多く軒を連ねるが、新八が迷い込んだのは出会い茶屋が並ぶ通りだ。
男女の密会に使用される場所で、今のところ新八には全く縁がないところだった。茶屋に入っていく若い男女と目が合うと、新八は慌てて踵を返す。
自然と足取りも速くなったが、視界の端に入った桃色の髪を認めるなり眼を大きく見開いて振り返った。
ロココ調を思わせる豪奢な門構えの茶屋から出てきたチャイナ服の少女は、間違いなく神楽だ。
「な、な、何でこんなところにいるの、神楽ちゃん!!!!」
思わずどもった新八が大声を張り上げると、神楽の後に続いて私服姿の沖田が姿を見せる。
頭の血管が切れそうだった。「あ、助平な新八」
「助平でも何でもいいから、こんなところで何やってるのさ君は!!」
言ってしまってから愚問だったことに気づいて、新八は額を押さえて目をつむる。
男女が夜具の用意された出会い茶屋に通されてやることなど一つしかない。
しかも沖田と一緒にいたからには、そういうことなのだろう。
喧嘩ばかりする間柄だと思っていたが、いつの間に親密な関係になったのか、まるで気づかなかった。
「沖田さん、あなた警察官でしょう。神楽ちゃんみたいな子供をこんなところに引っ張り込んで・・・・」
「おいおい、何か勘違いしてねーかい?」
頭をかきながらのんびりとした口調で話す沖田を、新八は睨み付けた。
見かけによらず彼の腕が立つことは知っていたが、神楽の保護者として黙ってなどいられない。
「何ですか、勘違いって!言い逃れをしようってんですか」
珍しく怒りをあらわにする新八を唖然として眺めていた神楽は、彼に腕を掴まれて引き寄せられた。
いつもの気弱な新八とは別人のようだ。
「新八、こっちを見るアルヨ」
「何!?」
険しい表情のまま振り向いた新八の目の前に、神楽は紐についた小さな鈴を突き出した。
銀時がパチンコの景品として取ってきた物で、神楽はそれを気に入り傘の柄に付けていたのだ。
「こいつとはこの道でたまたま会っただけアル」
神楽は親指で沖田を指し示す。
そして、いつものように傘と刀を交えるうちに、鈴が外れて出会い茶屋の中へと入っていってしまった。
転がった鈴を追いかけた神楽が出会い茶屋の門をくぐり、彼女のあとに沖田が付いていったというのが全ての真相だ。「えっ、じゃあ部屋には入っていないわけ?」
「当たり前ネ。それに、私じゃ受付のおっさんが駄目って言って入れてくれないアルヨ」
「・・・・」
気が緩んだ新八が手を放すと、神楽の腕には赤いあとが付いている。
夜兎の神楽ならばすぐに消えるものだが、新八がそれだけ激高していた証だ。
「早合点しすぎでさァ。大体、俺達がそんな関係に見えますかい?」
「マジキモいアル。暫く私に近寄らないで」
肩を落とした新八の心に、急に仲良くなった二人の言葉は見事に突き刺さっていた。
神楽に女の子としての慎みを持って欲しい。
そう願っているだけなのに、何故か全てが裏目に出てしまう。
すっかり『助平』のレッテルを貼られた新八は、その日気落ちしたまま床に就いた。
あまり深いことを考えずに生きている連中なのだから、明日になればまたいつも通りの毎日が始まるはずだ。
『助平』に比べれば『地味な眼鏡』というキャラの方がまだマシかもしれなかった。
神楽に翻弄された一日を過ごしたせいか、その夜は新八の夢の中まで彼女が現れる。
塀の上で逆立ちをする神楽に「危ないよ」と声を掛けた瞬間、彼女がバランスを崩した。
反射的に手を伸ばして抱き留めたのだが、夜兎の自分は怪我などしないと怒鳴られる。
たとえ自分より強くとも、神楽は守るべき女の子であり、危機を感じるとついかばってしまうのだから仕方がなかった。
「・・・苦しいアル、新八」
夢うつつのことだというのに、神楽の声が妙にリアルだ。
無意識に腕の中にいる神楽の頭を撫でた新八は、確かなその感触と甘い髪の香りに、意識を覚醒させる。
「おはよ」
すぐ間近に青い瞳があることを確認した新八は、すんでの所で悲鳴を飲み込んだ。「トイレに行くアル」
もぞもぞと布団からはい出す神楽から視線を逸らし、周囲を見回すと確かに志村家の新八の部屋だ。
神楽にくっついてきたのか、定春は白い巨体を丸めて部屋の隅で眠っている。
「神楽ちゃん」
チャイナ風パジャマ姿の神楽は、その呼び声に反応して振り返った。
「何で君がここにいるのさ」
「銀ちゃんがまた飲み歩いて帰ってこなかったアル。暇だからここに来たら新八はもう寝てたネ」
「・・・・どうやって入ってきたの」
「姉御に合い鍵を貰ってるアル」ポケットから出した鍵を見せた神楽に、新八は大きなため息をついた。
結局どこにいても神楽に翻弄され、注意すればまた『助平』扱いだ。
「神楽ちゃん、もしかしてわざとやってる?」
「何が?」
きょとんとした神楽は、大きな瞳を真っ直ぐに新八に向けている。
「・・・・いや、こっちの話」
あとがき??
こんなに気になるのは、もしかして好きなんだろうかと思ってしまう新八の話。
銀ちゃんと神楽の同衾を新八が阻止しているんだったら面白いかなぁってのを書きたかったんですが、何故新→神に?
最初は銀神だったんですよ。
出会い茶屋は今で言うラブホテルですね。小ネタは『時効警察』です。
ああ、沖田くんは少しばかり下心があって、あの通りに神楽ちゃんを誘い込んだんだと思いますよ。(^_^;)
神楽ちゃんにその気がなかったから不発に終わりましたが。