とりかえばや
目が覚めると周囲が真っ暗で、まだ朝が来ていないのかと錯覚してしまった。
起きたときの習慣で枕元に手をやると、そこに置いてあるはずの懐剣がない。
何かが変だ。
警戒しつつ手探りで身の回りを確認した少女は、そこが密閉した空間であることを確認する。
だが、閉じこめられているというわけではなく、薄く明かりの入る戸は力を入れると簡単に開き、彼女が寝ていたのはどこかの家に押し入れのようだった。「あ、おはようー。今日は早いね」
米の入ったお櫃を抱え、とたとたと歩いてきたのは眼鏡をかけた冴えない黒髪の少年だ。
彼女に笑いかける姿は警戒心の欠片もなく、どう考えても家族に対する朝の挨拶だった。
だけれど、少女の方は彼の顔に全く見覚えがない。
「銀さんはまだ寝てるよ。全く、10時すぎないと布団から出てこないんだから、困っちゃうよね」
「あんた、誰」
「・・・・えっ」
朝食の準備をしつつぺらぺらと喋り続けていた少年は、少女の発した低い声に、眉を寄せて振り返る。
何かの冗談かと思ったが、彼女は真顔だ。
さらには、今にも飛びかかってくるのではないかと思うほど、敵意をあらわにしていた。
「か、神楽ちゃん?」
新八が名前を呼んでみても、それが自分の名前だと分かっていないのか、彼女はまるで無反応だった。
自分は真選組の一番隊隊長を務める沖田だと言い張る少女を、新八は困惑して見つめる。
昨日まで、彼女は万事屋の紅一点である神楽で、容姿もこれまでと同じだ。
それなのに口調は初めて会ったとき以上に刺々しい。
「帰る」
「え、か、帰るってどこに?」
「屯所に決まってる」
「ちょ、ちょっと待ってよ、神楽ちゃん!」何が起きているのかよく分からないが、新八にとって彼女は神楽以外の何ものでもなく、屯所に行っても問題は解決しないように思える。
しかも彼女はパジャマのままだ。
何とか彼女を落ち着かせようとする新八だったが、夜兎の力を持つ神楽は彼が腕を引っぱったくらいではびくともしない。
新八を引きずったまま歩く神楽は、和室の襖が開かれる音を聞いて、首だけで振り向いた。
「何だー、騒がしい・・・」
「ぎ、銀さん」
泣きたいような気持ちで呟くと、新八は突然突き飛ばされ、神楽は銀時に駆け寄った。
「土方さん!」
「へっ?」
「ここはどこなんですか!どうして私達はこんなところにいるんですか」
神楽に詰め寄られた銀時は、ようやく彼女の身に起こった異変に気づき始める。
「・・・神楽?」
「いえ、彼女は沖田さんみたいですよ」
新八の用意した衣服に着替え、屯所に向かうと、そこには確かに局長の近藤や副長の土方と呼ばれる人物がいた。
しかし、神楽が知っている二人とは容姿がまるで違う。
他の隊員達にしても、名前が同じでもそれぞれ何か違和感があった。
そもそも、鏡で見た顔が別人のように変わっているのだから、自分の方がこの場所では異質なのだと思った方がよさそうだ。「せっかく会いに来てくれたのに、悪いなチャイナさん。総悟は今、見回り中でここにいないんだ」
「・・・・どこかでさぼってるに違いないけどな。沖田の馬鹿が」
神楽の頭を撫でた近藤が優しい口調で言うと、傍らで煙草を吸う土方がすかさず突っ込みを入れた。
神楽が屯所に入ってきたのを見ただけで、彼らは沖田に用事だと決めつけている。
上からの呼び出しに従って登城する最中らしく、短い会話が終わると、門前に待たせていた車に乗り込んで行ってしまった。
家を出る前に、万事屋にいた二人が言った通りだ。
すでに一番隊隊長を務める「沖田」が存在しているなら、神楽の居場所は屯所には無い。
「沖田――」
とぼとぼと歩き出した神楽は、その声を聞いて反射的に振り返る。
彼女のよく知る、土方に似た男がそこに立っていた。
自分のことしか頭になかった彼女は気づかなかったが、万事屋から出てからずっと、付いてきていたのかもしれない。
「頭、くらくらするだろ。お前、夜兎っていう天人だから日光に弱いんだ。それ使え」
投げて渡された傘を、神楽はしげしげと見つめる。
それまで彼女が武器代わりとして使っていた物にそっくりだ。「もう気が済んだか?」
「・・・・」
「帰るぞ」
踵を返した銀時は万事屋の方角に歩き出したが、神楽の足は地面に縫いつけられたように動けずにいる。
情けない駄目親父だが、父とも兄とも慕う近藤がいて、顔を見れば小言ばかりだというのに、傍らには常に土方がいて。
そうした日常で自分というものが成り立っていたというのに、全てが無くなってしまったら、どうすればいいか全く分からなくなってしまった。
「おいおい、どうしたよ」
困惑する神楽に、立ち止まった銀時は大きな声で呼びかける。
「私は・・・」
「沖田でも神楽でも、好きなように呼んでやるよ」
困ったように笑い、手を差し出した銀時の姿が、一瞬土方と重なって見えた。
「新八が飯作って待ってるぞ」乱暴に繋がれた掌が暖かい。
瞳が潤みそうになって、神楽は何とか歯を食いしばってそれに耐えた。
土方でも、それ以外の名前でも、どちらでもいい。
彼のいるところが、自分の帰るべき場所だった。
「おはようネ」
朝、いつものように万事屋の事務所を訪れると、珍しいことに神楽が玄関で待ちかまえていた。
「新八、やっぱりお前は眼鏡アルな」
「・・・・神楽ちゃん?」
意味不明な物言いだったが、その笑顔に昨日のぎこちなさは消えている。
表情を明るくした新八は、思わず神楽の肩を両手で掴んでいた。
「沖田さんじゃなくて、神楽ちゃんなの!?」
「何でその名前が出てくるアルか」
頬を膨らまた神楽が半眼で新八を見据えると、厠の扉が開く音がして、寝癖で髪の毛が爆発したような状態になっている銀時が出てきた。
新聞を持ち込んだらしく、随分と長く厠を占領していたようだ。「新八ー、イチゴ牛乳がねーぞー。ちゃんと昨日買って置いただろうなぁ」
「銀ちゃん!!」
洗面台で手を洗う銀時の背中に、神楽が勢いよく飛びついた。
「何だか変な夢を見てたアル。やっぱり銀ちゃんは死んだ魚みたいな目をしていた方がいいアルヨ」
「何だよ・・・、朝っぱらから嫌味かよ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、銀時はひっついてくる神楽をそのままにしている。
「銀ちゃん、ただいまネv」
「・・・・お帰り」
あとがき??
初期設定の女の子版沖田くんと、神楽ちゃんの性格が入れ替わっちゃう話でした。
つまり、初期設定沖田になってしまった神楽ちゃんの話もあるわけです。(後半の万事屋の会話はそんな感じ)
そのうち書きたいなぁ。年齢上がるのでもうちょっと恋愛らしくなる・・・か?