君は僕の太陽だ 1
たわいない、子供の悪戯だったのだ。
道端に落とし穴を作り、子供達は誰が引っかかるかを柱の影でこっそりと見守る。
子供の力で掘ったのだからさして深い穴ではなく、片足が膝まではまる程度だ。
尻餅をついた大人をやんやとはやしたて、怒鳴り声を背に走り出すのが何とも楽しい。
女性の悲鳴が聞こえた時、子供達はにんまりと笑って顔を見合わせたのだが、それが悪夢のきっかけになるとは思いもしなかった。
「くだらない悪戯するんじゃないよ・・・」
竹刀で散々打ち据え、震えている子供の前で仁王立ちした沖田は、冷ややかな眼差しで告げた。
普通の人間ならば何でもないことでも、体の弱いミツバには大事に至ることもある。
一緒に歩いていたミツバが穴に足を取られ、捻挫したことを知ると、沖田は罠を仕掛けた子供達をけして許さなかった。
道場へ行く途中だったため、武器は持っている。
一人残らず叩きのめしてもまだ足りない、彼らは大事な姉に怪我を負わせたのだ。
「倍返しにしてやる。お前達の足、片方折るから」
淡々と語る沖田が竹刀を片手に近づき、子供達は大声で泣き叫ぶ。「やめろ」
背後から聞こえた声に振り返ると、着流し姿の土方が鬼のような形相で沖田を睨んでいた。
「子供の喧嘩にしちゃ、やりすぎだろーよ」
沖田の注意がそれたのを幸いに、子供達は倒けつ転びつその場から逃げ去っていく。
無事に走れるところを見ると、それほど大きな怪我はしていないようだ。
ほっと息を付いた土方の顔を、沖田は上目遣いに睨み返した。
「・・・姉上に手を出す奴は許さない」
子供達のことはすでに頭から消え去ったらしく、竹刀を握りしめる沖田の瞳は土方にだけ向けられている。
「近藤さんも姉上も、お前には渡さない」
逃げまどう子供達を追いかけて林の中まで入り込んだ沖田だったが、ミツバは同じ場所で彼らが戻ってくるのを待っていた。
おそらく、沖田を迎えに来た土方に、ミツバが助けを頼んだのだろう。
無事に戻ってきた沖田を見ると、ミツバは安堵の笑みを浮かべて彼女の腕を掴んだ。「総楽ちゃん、私は大丈夫だから。無理はしないでね」
「・・・・はい」
親代わりとして、自分を育ててくれた年の離れた姉に、沖田は逆らえない。
男勝りで近寄りがたい印象の沖田が、唯一年相応の少女に戻るのが、近藤やミツバといる時だ。
穏やかに笑う今の彼女を見ていると、自分とさして年の変わらない子供の足を折ろうとしていたことなど、嘘のように思えた。
「近藤さんに伝えてください。少し遅れるって」
片足を引きずるミツバに肩を貸すと、沖田は土方を見向きもせずに言う。
土方が背負えばミツバは楽に自宅まで運べるだろうが、沖田が承知するはずがない。
「ああ・・・・」表情を固くした土方は、来た道を引き返していく二人を見つめて思案にふける。
昨夜、道場の食客の一人が江戸で将軍を守る浪士組が結成されるという話を持ってきた。
貧乏道場の主として終わるつもりのなかった近藤は大いに乗り気で、仲間内の話し合いでは来週にも江戸へ立つ計画だ。
そして今日、沖田が道場へやってきたときに、近藤は彼女に留守を頼むつもりのようだった。
しかし、近藤に心酔している沖田が、果たして多摩に残ることを承知するだろうか。
土方には駄々をこねて近藤を困らせる沖田の姿が目に浮かぶようだった。
「姉は近くの親類が面倒を見てくれます。私も連れて行ってください」
出立する日の朝、旅支度を調えて近藤の住まいを訪れた沖田は、彼の前で土下座をして頼み込んだ。
「駄目だ」
珍しく真顔の近藤は、言下に拒絶する。
近藤のそばで控える土方にすれば、全く予想通りの展開だ。
人一倍頑固な性格の沖田が、近藤に一度や二度諭されて諦めずはずがない。「お前は女だ。女は武士にはなれない」
「それは分かっています。ですが・・・」
語調を強くした沖田は、顔を上げて近藤の顔をひたと見据える。
「私は武士よりも武士らしくなってみせます」
力強い声音には、近藤さえも居竦ませる、激しい気迫があった。
表情の乏しい彼女の周りの空気はいつでも冴え冴えとしているのに、瞳だけは燃えるような決意が表れている。
その威圧感に息を呑んだ近藤の無言の返事を、否定と取ったのか、沖田は傍らに置いた荷物から懐剣を取り出す。「連れて行ってもらえないなら、今、ここで自害します」
「・・・・どうせ本気じゃないんだろ」
首に刃をあてた沖田を挑発した瞬間、土方は前のめりに彼女へ駆け寄っていた。
まるで躊躇することなく、手に力を込めた彼女の神経は到底理解出来ない。
「総楽!!」
蒼白の顔の近藤が叫ぶ。
土方は沖田の喉元を手ぬぐいで押さえたが、それでも血は止まらない。
心臓が壊れそうなほど早鐘を打っている。
人の生き死には何度も目にしてきたが、流れ出る血を見てここまで動揺したのは生まれて初めてだった。
近藤は沖田にとっての太陽そのものだ。
全てを照らすものであり、人生の道しるべとなる光。
太陽がなくなればただ暗闇が広がるのみで、そんな世界にはなんの意味もない。
彼がいらないと言うならば、自分は必要なかった。
「お前、馬鹿だなぁ・・・・・」
瞳を開けてすぐに耳に入った第一声に、沖田は思わず顔をしかめた。
誰よりも聞きたくない声で目覚めを促されるとは、非情に不愉快だ。
「さっきまで近藤さんもいたんだが、医者に薬をもらいに行った。暫く喋れないそうだ」
「・・・・・」
手を動かして首に巻かれた包帯を確認すると、沖田は天井に出来た染みを見つめた。
むやみに動かせず近藤の自宅で横になっているらしいが、まだ彼が旅立っていないこと知って沖田は安心する。
彼が逃げる前にもう一度自殺騒動を起こしてみるか、それとも江戸に追いかけていった方がいいか。
算段する沖田の考えを読んだように、土方は小さくため息をついてから話し出す。
「出発はお前が動けるようになってからだ」
「・・・っ!」
「置いて行かれたくなかったら、早く治せ」
驚きに目を見開く沖田に、土方は頷いて応えた。
沖田の今後について話し合った際、どのみち付いてくるのだから、目の届くところにいた方がマシだという結論に至ったのだ。
気が緩んだのか、土方のいる方へと顔を傾けた沖田は、微かな微笑みを浮かべてみせる。
小さな子供のような、素直な表情だ。
自分に向けられた初めての笑顔に動揺するのと同時に、土方の胸に鋭い痛みが走った。
邪悪で卑怯で怠惰な彼女が、これほどまで純粋で綺麗なものを隠し持っている。
それを引き出せる男は近藤だけなのだと思うと、急にもやもやしたどす黒い感情がわき上がってきたようだ。『近藤さんも姉上も、お前には渡さない』
殺気をみなぎらせて宣言した沖田の姿をふと思い出し、渋面を作っていた土方は少しだけ口元を緩ませる。
欲しいのは、そのどちらでもない。
お前だと言ったら、一体沖田はどう反応するだろう。
痛みを和らげる薬が効いているのか、すやすやと寝息を立て始めた沖田の頬を、土方は指でそっと撫でる。
あと数年すれば、ミツバにはない強さと凛々しさを持った、誰もが目を奪われる美人になるはずだ。
自ら他人に嫌われようと振る舞っている沖田は、自分を慕う者がいるなど考えもしないに違いない。
「・・・にぶちん」
あとがき??
まだ書きたいエピソードてんこ盛りなんですが。
それらを書く前に熱が冷めなければいいなぁ。沖田を一途に慕う、弟分の永倉くんとか、出したいよぅ。
「武士よりも武士らしくなる」というのは、大河ドラマの『新選組!』の名台詞です。
本編の土方×沖田はまるで興味ないですが、沖田おなご設定だとこうも萌えるものだと、初めて知りました。
有り難う、空知先生。ビバ、男女カップル。
2、3と続けようと思って1と付けましたが、予定は未定。