斜陽の人 1


試衛館時代からの同志である山南の処刑や、近藤が幕臣に取り立てられたことから生まれた格差、そして幕府そのものの衰退。
理由はいろいろあった。
斜陽の時期に入った真選組からは脱退者が相次ぎ、永倉もその決心をした一人だ。
どうあがいても流れていく時を止めることは出来ない。
組織への義理はあっても、自分の身に危険が迫る前に回避したいと思うのは、人として当然のことだった。

 

「お前も行くのか・・・」
「はい」
副長の私室で正座する永倉は、その問いかけに頷いて応えた。
土方の横顔が少し寂しげに見えたのは、永倉の思い上がりではないはずだ。
皆の弟分として可愛がられてきた永倉も、今では自分の思想に従って生きる一人前の男になっている。
真選組結成当初にあった法度はすでにあってないような物で、彼が組を抜けたところで、咎める者は誰もいない。

「沖田さんを、一緒に連れて行きたいと思っています」
はっとした様子の土方は、そのとき初めて永倉の顔を正面から見据えた。
もう何年も前から、彼が一途に沖田を想っていたことは知っている。
土方にしても、沖田には普通の娘のように、嫁にいって幸せになって欲しいと常々思っていた。
沖田を説得出来るなら、相手が誰であろうと祝福するつもりだ。
生真面目な性格の永倉ならば安心だと思える反面、これほど気持ちが揺れるとは、土方は自分でも意外だった。
「いいですか?」
「・・・・何で俺に聞くんだよ。勝手にしたらいいだろ」
仏頂面で訊ねる土方に、永倉は困ったような笑顔で応える。
「沖田さんがいなくなったら、一番辛くなる人だから」

 

 

 

カリスマ性のある近藤や土方に比べれば、年下の永倉は沖田の目に頼りない存在としてしか映っていない。
だが、一度別れてしまえば、また会えるかどうか分からないのだ。
憧れから深い愛情へと変化していったこの想いを、永倉は真選組を脱退する前にどうしても彼女に伝えたかった。

「なーんで、私がお前と行かないといけないんだよ。馬鹿も休み休み言え、この裏切りもの」
「イテッ」
座敷で
TVを眺める沖田は、話を聞くなり近くにあった湯飲みを永倉に投げつける。
茶を飲みきったあとだったから良かったが、そうでなければ永倉は火傷を負っていたはずだ。
「お前の顔なんて見たくないから、さっさと出ていけ。さもないと殺すよ」
「僕はあなたのことが好きです」
「・・・・・」
「一緒にいたいんです」
嘘偽りのない、真摯な声音で告げられた沖田は、さすがに
TVの音量を下げて永倉に向き直った。
眉間に皺を寄せた顔は、ひどく不機嫌そうだ。
「私は自分が嫌いだ。だから、私を好きだなんて言うやつも信用出来ない。一人で行け」
「このまま真選組に留まっていても、あとは破滅が待っているだけです。それでも、あなたはこの場所から離れないんですか」
「うん」

即答だった。
沖田も本当は永倉のことが嫌いではない。
そして、誠実な人柄の彼に付いていけば、真っ当な女としての幸せが手に入ることも分かっている。
それでも、沖田にとっての一番は永倉ではないのだ。
「真選組なんて、いつ無くなっても私はいいと思ってる」
「えっ」
真選組の隊長らしからぬ発言に、永倉は目を見張る。
泣いているような、笑っているような、どちらとも取れる曖昧な表情で、沖田は言葉を続けた。
「幕府も新政府も関係ない。私はただ、近藤さんと一緒にいたいだけなんだ」
「・・・沖田さん」
「悪いな」

 

危険と隣り合わせの毎日で、娘らしい楽しみを何一つ知らない沖田を、永倉はずっと可哀相だと思っていた。
だが、それは勘違いだったのだ。
命をかけられるほど好きな相手を見つけた沖田は、誰よりも幸せな人間なのかもしれない。
「お前は私なんかよりもっと、可愛くて、性格も良くて、優しい娘と結婚しろ。そして、真選組のことなんて忘れて、未来を生きてくれ」
沖田に明るく笑いかけられた永倉は、俯いたまま顔を上げられなくなる。
最期に見せるのが泣き顔ではあまりに格好悪かった。
完敗してしまった永倉には、彼女の行く末がこれ以上辛いものにならないよう、祈ることしか出来ない。
「今まで、有り難うございました」

 

 

小さく手を振ったが、沖田は玄関先まで見送ることなく、再びTVへと視線を戻した。
曲がりなりにも、隊長が規則に反して去っていく者を気遣うわけにはいかない。
空の湯飲みへと目を向けた沖田は、新たに茶を入れるために立ち上がった。
廊下で佇む土方を見ても驚かなかったのは、永倉が座敷で座ったときから、その気配に気づいていたからだ。

「残念でしたね。私のこと、厄介払いが出来ると思ってたんでしょう」
「そうだな」
沖田が意地の悪い笑みを浮かべながら言うと、急に腕を引かれて抱きしめられる。
困惑する沖田は距離を取るために身じろぎしたが、土方の手の力が強まっただけだ。
どうも、行動と言葉が一致していないような気がする。
「・・・・私は近藤さんの物ですよ」
「知ってる」
見ていて切なくなるほど、近藤だけを真っ直ぐに想っている沖田のことが好きだった。
彼女を独り占めして放さない近藤が、今は少しだけ憎らしい。


あとがき??
初めて書いた初期設定が真選組結成前で、2作目が解散寸前時って、何か間違えているような・・・・。
間もそのうち書いていきたいですね。
ちなみに、土方と沖田はねんごろな間柄ですが、近藤さんは沖田に手を出していません。


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