対岸の彼女 1


「斉藤さんもこっちに来て一緒に食べましょうよ」
にこにこと人懐こい笑みを浮かべた永倉は、なるべく誰にも気づかれぬよう、足早に横切ろうとした斉藤を目ざとく見つけて手招きをした。
屯所の中庭では集めた落ち葉を使って焼き芋大会が開かれている。
局長の近藤を中心に大いに盛り上がっていたが、人に混じって行動することが苦手な斉藤には、あまりなじめない空間だ。
「俺は、いい」
ついしかめ面で答えてしまったが、これは地顔で、特別機嫌が悪いわけではなかった。
首を振るだけでなく、返事をしただけまだマシな対応だ。
「・・・・本当、愛想のねーやつだよなぁ」
焼き芋をかじる原田は去っていく斉藤を睨みながら眉間にしわを寄せたが、近藤はフォローするように彼の肩を叩く。
「まあまあ。ほら、さっき入れた芋、もう焼けたんじゃないか」
「ああ、そうですねぇ」
「あ、原田さん、夕方のドラマの再放送なんですけど・・・・」
永倉が話題を変えると、隊士達も斉藤のことなどすっかり忘れたようにドラマの内容について話し出した。
原田は短気な性格だったが気持ちの切り替えも早い。
おそらく夕餉の時間には斉藤への怒りなどなどすっかり忘れているはずだ。

 

 

隊士達の生活する屯所では、自室以外に一人になれる場所が少ない。
三番隊の隊長である斉藤には個室が与えられていたが、たまには日光浴でもしながらのんびりしたい気持ちだった。
それには、屋根の修理をした際に見つけたこの場所はうってつけだ。
「さてと・・・」
落ちないよう注意して瓦の上に座った斉藤は、懐にある竹筒を取り出そうとしてようやくその気配に気づく。
斜め後ろへと目をやると、斉藤を追いかけて屋根に立った沖田の姿があった。
「いつの間に・・・・」
「おすそ分けです」
焼き芋を半分に割って斉藤に渡すと、沖田は残りを口に含みながら隣に腰を下ろす。
斉藤は口下手で、沖田も積極的に話す人間ではない。
当然会話は続かない。
何を思って彼女がここに来たのか分からず、斉藤は怪訝な表情で焼き芋に口をつけた。
互いに無言な状況が続く中、おずおずと傍らの様子を窺ってみる。
斉藤と同様に単独行動の多い沖田は、彼とは違った意味で真撰組では浮いた存在だった。
同郷ということで、局長と副長に唯一対等に口をきける人物、そして女だ。
永倉を隊長として組内では沖田のファンクラブらしきものが結成されているらしいが、斉藤にはその気持ちが全く理解できない。
巷には綺麗な女がいくらでもいるというのに、身近な存在というだけで、わざわざ風変わりな性格の沖田に熱を上げる必要などなかった。

「斉藤さん」
「・・・なんだ」
ふいに声をかけられ、内心の動揺を悟られないよう返事をした斉藤は、身を乗り出した沖田に目を見開く。
「ちょっと、いいですか」
「えっ・・・・」
非番のため、私服である着流し姿だった斉藤は、突然自分の着物の前あわせを開こうとする沖田に仰天した。
「何をする!!や、やめろ!」
「確かこの辺り・・・・」
「うわっ、触るな!」
沖田に馬乗りになられ、上半身を裸にされた斉藤はすっかりパニック状態だ。
かといってここで暴れれば、放り出した芋と同様に二人そろって屋根から落下するのは必至。
混乱する斉藤の思いなど全く意に介さず、彼の肌を手でなぞった沖田は、左のわき腹辺りにようやく目的のものを見つけ出す。
背中から続くその引き攣れた痕は、彼が以前生きるか死ぬかの境目をさ迷ったことを示していた。

 

「これですか?先日、襲撃された近藤さんをかばって負った傷って」
「そ、そうだ」
上ずった声を出す斉藤を見下ろす沖田の眼差しは、恋しい人を見るものと全く同じだったかもしれない。
「いいなぁ・・・・・」
切なげな吐息を漏らす沖田に、斉藤の心臓は嫌でも早鐘を打つ。
性格は大いに問題有りだが、その顔の作りだけは一級品の沖田だ。
こんな風に見つめられて胸が高鳴らない方がおかしい。
「私も欲しいな・・・・近藤さんを守って出来た傷」
「・・・近藤さん?」
沖田の興味をひいているのは、自分自身ではなくその傷だと分かり、斉藤は何とか気持ちを落ち着かせるため深呼吸をする。
とりあえず、この場で沖田がこれ以上の乱行に出ることはなさそうだ。

「あんた、変な女だな。普通、体に残る傷なんて嫌がるもんだろう」
「ええ。でも、近藤さんのためだったら、私はこの体全部を投げ出したって構わないですよ」
ふふっと笑った沖田は、斉藤から手を離すとゴロリと瓦に身を投げ出す。
「お腹一杯になったら眠くなりますよねぇ・・・・」
「え、おい!」
斉藤が呼びかけたときにはすでに遅く、芋の食べかすを頬につけた沖田はすやすやと寝息を立て始めていた。
その間、ほんの3秒程度だ。
寝つきがいいにもほどがある。
「冗談だろ・・・・」
半身を起こした斉藤はげんなりとした表情で呟いたが、沖田は幸せそうな顔で寝返りを打つ。
他の隊士ならばいざしらず、沖田は一番隊の隊長という立場の女だ。
このまま放っておくことは、武士道を重んじ、義理堅い精神を持ち合わせる斉藤には出来そうもないことだった。

 

 

「土方さん・・・・」
眠り続ける沖田を両手に抱えて歩いていた斉藤は、一番会いたくない人物に出くわし、顔を引きつらせた。
他の隊士ならばとっつきにくい斉藤に近づくことなく、ひそひそ話をして済ませることだろう。
だが、何かにつけ「士道不覚悟」と口にして隊士達を締め上げている副長相手では、そうもいかない。
「どうしたんだ、それは」
鋭い眼光で早速詰問を始めた土方に、斉藤は身をすくませる。
「あの、俺の隣で眠りこけていたので、部屋に運ぼうかと」
「へぇ・・・・」
返答を聞くなり、すうっと彼の目が細められた。
幾多の修羅場を潜り抜けてきた斉藤にしても、思わず身震いするほどの殺気だ。
だが、何故土方が自分にそのような視線を向けるのか斉藤には分からない。
土方には直々に呼び出されて仕事を申し付けられることも多く、おおよそ二人の関係は良好。
そして今、斉藤は眠りこける沖田を抱いてただ立っているだけなのだ。

「返せ」
「はっ、あの・・・」
「俺が運ぶ」
戸惑う斉藤の腕から土方は引っ手繰るようにして沖田の体を奪い取る。
危うく床に落下しそうになったが、その振動でも起きない沖田は相当睡眠力が強いらしい。
呆気に取られる斉藤に何か声をかけるでもなく、土方はそのまま彼に背を向けて行ってしまった。
沖田と土方、斉藤の理解を超える行動をする人物とばかり接したせいで、非番だったというのに休んだ気もしない。

「・・・返せ、ね」
首の後ろを撫でながら呟く斉藤は、少々不快な気持ちで眉を寄せる。
まるで自分の物のような言い方だ。
妙にもやもやとした感情を胸の奥底にしまいこみ、嵐が過ぎ去ったあとの廊下で、斉藤は彼女の温もりの残る手を見つめる。
皆と同じシャンプーや石鹸を使っているはずなのに、いい香りがして、そして驚くほど軽かった。
そんな彼女が荒々しい取締りで知られる真撰組にいることが、一層不自然に感じられる。
きちんとした女の格好をして、にっこりと微笑んでいる方がずっと似合う。
いつの間にか自分の理想となる沖田の姿をを想像していた斉藤は、自分の馬鹿げた考えに首を激しく横に振った。
知らないうちに永倉に随分と感化されていたらしい。
沖田は真撰組の同志であり、それ以上でも以下でもない。
そう思うのに、沖田が自分に見せた邪気のない微笑みや、軽やかな笑い声、肌の柔らかさが生々しく記憶に残っている。

 

「あ、斉藤さんーー!」
先ほどまでの緊迫した空気や胸中の葛藤など知るはずもなく、弾んだ声を出す永倉に反応して斉藤は振り返った。
「これ、ファンクラブに入会するともらえるブロマイド、新しくしたんです。斉藤さんも入会するなら今がチャンスですよ」
近藤以外で唯一、斉藤に気さくに話しかける永倉は隠し撮りした沖田の写真を手渡した。
道場から出てきたものや、食事中のもの、様々だったがどれもつまらなそうに見える。
今日、斉藤の隣りでころころと表情を変えて、さらに居眠りまでした沖田とは別人のようだ。
「笑っているのがないな・・・・」
「無理言わないでくださいよ。沖田さんって局長と一緒にいるとき以外あんまり笑ってくれないんですもん。俺をからかうときは意地の悪い笑みも浮かべますけど・・・」
ぶつぶつと呟く永倉に、斉藤の口から苦笑がもれる。
斉藤もまた笑顔を見せないということでは同類なのだが、彼は今自分が笑ったことにも気づいていなかった。

「入会金も無料だし、今、隊士の中で入会率は80%を越えたんです。どうですか」
「わかった」
「そう言わずに皆で一緒に盛り上げて・・・・えっ?」
さらにまくし立てようとしていた永倉は、ぱちぱちと目を瞬かせる。
何しろ何度勧誘しても体よく断られ続けていたのだ。
聞き間違いかと、上目遣いで自分を見る永倉に斉藤はもう一度答えを返す。
「入ろう」
「本当ですかーー!やったー」
本当に嬉しいのか、永倉はぴょんぴょんと周りを飛び跳ねた。
これ以上永倉にしつこくされたくない、というのは建前で、沖田のことを知りたいと思っている。
近藤への恩義だけで真撰組に入った斉藤は、これほど誰かに興味を持つ日が来るとは、自分でも意外な気持ちだった。


あとがき??
またオリジナルですみません。初期設定話が好き、という奇特な方がいらっしゃって嬉しかったので、また書いてみました。
土方さんの女絡みの話とか、近藤さんに失恋する沖田の話とか、ネタはごろごろしているんですが。
斉藤さんは、一応大河ドラマ『新撰組!』の斉藤さんのイメージです。
本編で本当に斉藤さんが出てきたら、この話の斉藤さんは忘れておいてください!
沖田視点だと、近藤さん=父、ミツバさん=母、斉藤さん=兄、という感じです。ちなみに土方さん=天敵・・・。
もう一個くらい兄視点の斉藤さんの話を書きたいです。この二人はぎりぎりで恋愛じゃあないんですよ。
二人がラブラブ〜(兄妹的に)な感じでひっついて、嫉妬する土方さんが書きたい・・・・・。
ちなみに永倉も斉藤さんに懐いています。何となく初期設定の永倉の声のイメージは下野紘さんですよ。


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