視界に入った日


プロゴルファーを目指す子供なら、誰もが憧れるキャメロット学院。

最初にパーシバルがこの学院に足を踏み入れた時、その顔は希望に満ち溢れていた。
その名にふさわしい環境に、今まで会ったことのないほど技術の高い学友達。
彼女の期待を裏切るものは、この場所には何もない。
そう、ただ一つのことを除けば。

「そう気にすることはないわよ」
スフィーダはパーシバルの肩を優しく叩いた。
「彼、いつもあんな感じだから」
スフィーダの慰めも、パーシバルの落ち込んだ気持ちを浮上させることはできなかった。
笑顔のたやさないパーシバルを打ちのめすのは、いつだってキャメロット学院のエースと呼ばれる少年だ。

 

まず、第一印象からすでに最悪だった。

学院を初めて訪れたパーシバルは、広い院内ですっかり迷っていた。
右も左も分からずうろついていると、廊下の向こうから誰かが歩いてくる。
黒髪、黒い服と、全身真っ黒な、やけに瞳の鋭い長身の少年。
なんとなく声のかけにくい雰囲気を纏う彼に、パーシバルは勇気をだして話し掛けた。
「あの、職員室の場所を教えていただけますか」

ふっ、と彼女の右隣を風が通り抜けた。

そんな感じだった。
パーシバルは一瞬なにが起きたのかわからなかった。
振り向くと、先ほどの少年がパーシバルのはるか後方を変わらぬ速度で歩いている。
自分がまるっきり無視されたのだと気付くまで、パーシバルは暫し呆然として遠ざかっていく少年の後ろ姿を眺めていた。
それからすぐ学院で働く職員に出くわし事なきを得たが、パーシバルにとってその少年、トリスタンの印象は最悪最低なものとして心に残った。

 

そのトリスタンが、自分では到底叶わない腕を持っていることは、すぐに知れた。
パーシバルは何とかトリスタンとコミュニケーションをとって、その技術を身に付けた片鱗をうかがおうとするが、彼の態度は出会った当初と全く変わることはなかった。
パーシバルが一生懸命に話し掛けても、黙殺される。
トリスタンには親しい友人はいない様子で、別にパーシバルにだけ冷たいわけではない。
だが今までトリスタンのような人種に会ったことのないパーシバルは、彼にアタックしては、玉砕し続けている。
30cm以上ある身長差ゆえに、自分の存在はトリスタンの視界にすら入っていないのではないかとパーシバルは思っていた。

 

今日もトリスタンにすげなくされ、気分を滅入らせていたパーシバルに、
「気晴らしに外に出かけてきたら」
とスフィーダが言った。
彼女の言葉に頷き、パーシバルは部屋で外出する用意を始める。
春の日差しが暖かく降り注いでいて、どこに行くにも絶好の日よりだ。

必要なものをバッグに詰め込んでいるときに、ふと机の上の本がパーシバルの目が止まった。
そろそろ図書室の返却期限が迫っていた気がする。
裏表紙のカードを見ると、期限はぎりぎり今日になっていた。
几帳面な性格のパーシバルは、外出前に本を返そうと、図書室に足を向けた。

図書室へと続く長い廊下を歩きながら、パーシバルはこの廊下がトリスタンと最初に会った場所だったことをなんとなく思い出した。
あれから数ヶ月たつが、彼との仲はまったく進展しない。
他の生徒達とはかなり親しくなれたというのに。
トリスタンとの会話の糸口を探そうにも、ゴルフのこと以外では、彼の趣味や好みや考えがまるっきり分からない。
大体いつも不機嫌そうな顔をしているトリスタンが、笑ったりすることが果たしてあるのだろか。
パーシバルはトリスタンの笑顔というものを必死に想像しようとしたが、それはどうしても叶わなかった。

 

図書室の扉を開けると、暖かい風がやわらかくパーシバルの頬をなでた。
南向きの窓の一つが開いているらしい。
パーシバルはさっそく本を返却窓口へと持っていく。
軽く首をめぐらしたが、彼女以外に生徒はいないように思えた。
そしてパーシバルが足早に戸口へと向かおうとしたその時、彼女の視界の端に黒いものが入った、ような気がした。
誰かいるのかしら。
黒という色から連想した人物に、パーシバルはまさかと思いつつ近づいていった。

そこには案の定、トリスタンの姿があった。
しかし、普段の無愛想な表情の彼ではない。
トリスタンは机の上に読みかけの本を広げたまま、突っ伏して熟睡している。
パーシバルはその様子を驚愕の顔で見つめた。

何事も完璧にこなすトリスタンは、パーシバルにとって機械のような存在だった。
でも、今パーシバルの目の前にいるのは、春眠暁を覚えずのとおり、居眠りしているただの子供だ。
思いがけず人間味のあるトリスタンを発見してしまい、パーシバルは戸惑いの気持ちを隠せない。
その顔を窺うと、何か悪い夢を見ているらしく、眉が寄せられ苦悶の表情をしている。
軽く身じろいだトリスタンに、起こしてしまったのかとパーシバルは急いで顔を離して息を潜めた。

だが心配は無用だったようで、トリスタンは一言二言寝言らしきことを言っただけで、その瞳はかたく閉じられたままだ。
そして、トリスタンの言葉はパーシバルの耳にしっかりと届いていた。
「父さんって言ったのかしら」
パーシバルは首をかしげて呟いた。
トリスタンが父親を亡くしているということは、パーシバルも風の噂で知っている。
彼は父親の死んだ時のことを思い出して苦しんでいるのかと、パーシバルは少し切なくなった。

腕枕をしている右手と反対の、机の上に伸ばされているトリスタンの手をにぎってみる。
するとトリスタンの表情が幾分和らぎ、安らかな寝息が聞こえてきた。
パーシバルはホッとした顔でトリスタンの寝顔を眺めた。

 

「パーシバル」
自分の名前が呼ばれるのを、パーシバルは夢うつつで聞いていた。
「パーシバル」
もう一度呼ばれ、彼女はようやく頭を働かせ始める。
自分は確か図書室に来ていたはずだ。
帰ろうとした時、眠っているトリスタンを見つけて・・・。
そこまで思い出して、パーシバルはハッと顔を上げた。

「もう閉室時間だ」
パーシバルのいる机の向かい側に、いつもの無表情なトリスタンがいた。
何となく離れがたい気がして、バッグの中のノートを広げて勉強しているうちに、パーシバルも眠りこけてしまったらしい。
とっさに腕時計に目を走らせると、時刻は6時をすぎている。
「え、もうこんな時間!?」
パーシバルが驚いた声が、他に人気のない図書室に響く。
その時、黙ってパーシバルの顔を見ていたトリスタンが突然吹き出した。
「え?」
パーシバルが怪訝な表情を浮かべると、彼はこらえきれずに声を出して笑った。

何が起きたのか分からず、パーシバルは大きな瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかと思うくらい目を見開く。
トリスタンが笑っている。
額に手を置いて、どうしても止まらないという風に、苦しげですらある。
トリスタンが居眠りしていたこと、自分の名前を呼んだこと、笑っていること、パーシバルはもはや何に驚いていいのかも分からない状況だった。
ただ、普段は大人びて見えるトリスタンが笑うと随分幼く見えるとパーシバルはぼんやりと思った。

呆然としたまま自分を見詰めるパーシバルに、トリスタンはハンカチを差し出す。
「顔、洗ってきた方がいいぞ」
何かにあやつられているように、パーシバルはのろのろと手を伸ばして受け取る。
未だ口の端を緩ませながら、トリスタンはパーシバルが初めて聞く優しい声で言った。
「面白い奴だな」

 

トリスタンはパーシバルが危惧していたとおり、父親の夢をみて苦しんでいた。
父の死によって暗い場所に一人取り残された自分。
とてつもない孤独に押しつぶされそうになる。
トリスタンがよくみる夢だったが、この日は何故か夢は途中から変化した。
闇の中、途方にくれる自分に差し伸べられた、暖かな手。
恐る恐るその手に触れると、思いがけず明るい場所に浮上できた。

自分より随分小さいが、それでもしっかりと握りかえしてくる手は、やわらかくてとても心地よい。
この手は、誰の手なんだろう。
トリスタンがそう思ったところで夢は終わった。
目覚めると、向かいの席に気持ちよさそうに寝ているパーシバルがいる。
小柄な体型に、小さな手。
変化した夢に、イレギュラーな存在。
どうしてパーシバルがここにいるのかは分からないが、たぶん夢に出てきた手の持ち主は彼女だったのだとトリスタンは思った。

自分の救い主であるパーシバルの頭に、トリスタンは軽く手を置く。
「有難う」
それだけ言うと、トリスタンは図書室から去っていった。

「・・・夢じゃないのかしら」
後には狐につままれたような顔をしたパーシバルが一人残された。
自分の手ににぎられたままのハンカチが、今の出来事を事実だと認識させる。
「でも、顔を洗えって、何かしら」
言われたとおり向かった洗面台で、パーシバルはトリスタンの爆笑の意味を悟り、悲鳴のような声をあげた。

鏡の中に、ノートの上に頭をのせて寝ていたおかげで、文字をくっきりと顔に写したパーシバルの姿があった。


あとがき??
最初で最後のトリパー、もとい、パートリ。(笑)
別人28号で嫌すぎるわ。うかつに読み返せない。オロオロ。
カカサク以上の別人ぶりに倒れそうです。
かなり力入れて書いたんでけど、これが限界・・・。申し訳ない。
キャメロット学院に図書室あるのかね。
たぶん、パーシバルの過去とかが明らかになれば、嘘っぱちになってしまうであろう話。
そしたら削除したいー。(泣)
ライパクSSって読んだことないけど、皆どんな話書いてるのかしら。

2500HIT、ミヤハラモモ様、有難うございました。


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