兎の眼
バドミントンで使う羽根球が神楽の足元に転がった。
「すみませーん」
追いかけて走ってきたのは、真選組の監察を勤める山崎だ。
周りを見ると、真選組の仲間らしき人影はない。
一人でサーブの練習中だったらしい。「有難う」
羽根球を拾った神楽に礼を言った山崎だったが、それは受け取ってから言うべきだった。
意地の悪い笑みを浮かべたあと、神楽は羽根球を垣根の向こうへと放り投げる。
直後に聞こえた小さな水音から、羽根球がその家の池に落ちたのだと容易に想像ができた。
「ああーーーー!!」
「こんな路地じゃなくて、もっと人のいないところでやるヨロシ」
「・・・・そうします」
ラケットを握る山崎は神楽を恨めしげに見たが、彼女は全く意に介さない。
今日は羽根球を一つしか持ってきていないのだ。
仕方なく、屯所に戻って部屋の掃除と洗濯でもしようかと思った矢先、先を歩く神楽が振り向いた。「これから雨が降るから、洗濯はやめた方がいいアル」
心を見透かすような神楽の言葉に驚いた山崎は、動揺を押し隠して空を見上げる。
「・・・こんなに良いお天気なのに?」
雲一つ無い空、日が沈む頃には綺麗な夕焼けが拝めそうだ。
怪訝な表情の山崎を見つめ、神楽は面白そうに笑っている。
「バイバイ」
午後は土砂降りの雨になった。
神楽の忠告を信じず、たまっていた洗濯物を干していたせいで全て洗い直しだ。
途方に暮れて縁側に佇む山崎に、廊下を通った土方が声をかける。
「天気予報じゃ、降るなんて言っていなかったな」
「そう・・・ですよねぇ」
呟きながら、神楽の意味深な笑みがふと脳裏を過ぎる。「あの、土方さん」
「何だ」
「夜兎族って、千里眼なんですか?未来を予知したりとか」
「さぁ・・・・聞いたことねーな」
興味がなさそうに立ち去った土方の返答に、山崎は肩を落として庭を見つめる。
夜兎だからではない。
彼女自身が不思議な能力を持っているのかもしれなかった。
それからすぐ、山崎は監察の仕事としてある商家に入り込み、神楽のことは忘れきっていた。
攘夷派のアジトとなっているという噂だったが、一ヶ月過ぎてもそれらしい人物は立ち寄らない。
出鱈目な情報だったのかと山崎は気落ちしていたが、こうしたことはたびたびあるのだ。
もう暫く様子を見て、何事もなければここを去る心づもりだった。
「あっ」
店の前で掃き掃除をしている最中、通りかかった神楽と目があった山崎はつい声をあげていた。
慌てて下を向いたがもう遅い。
定春を引き連れた神楽は、にこにこと笑顔で近づいてい来る。
「こんなところで、何してるアル?再就職したアルか?」
「ひ、ひ、人違いです」
「何を言うネ!お前みたいな地味な顔、見間違えるはずがないアル。どう見ても、真選組の・・・」
「わーわーーー!!」
往来で正体をばらされそうになった山崎は叫びながら神楽の声をかき消した。
政府の人間と知られれば、奉公人として尽くしてきた今までの苦労が水の泡だ。「どうしたの、山田くん」
同じく丁稚奉公をしている少年が訝しげに近づいてくる。
神楽の両肩をつかんだ山崎は、必死な表情で彼女の目を見据えた。
「俺の名前は山田!!どんなに似ていても君の知人とは別人だから!!!山崎じゃないし、君のことも知らないから!!分かった!!?」
「・・・・・」
山崎とその後ろの少年の顔を交互に見た神楽は、納得気味に頷く。
密偵として働いていることを理解してくれたのだと胸をなで下ろした山崎だったが、それは思い違いだった。「やっぱり、真選組ネ!!このお店で捜索中アルかーー!!怪しいアルかーーーー!!!」
「えっ!!?真選組!!」
大声をあげる神楽と、驚きに目を丸くする少年を横目に山崎は泣きたい気持ちになった。
正体がばれてしまっては、ここにはいられない。
すでにこの店は白と目星はついていたが、引き上げた理由がこれでは土方に大目玉を食らうことだろう。
「ひどい・・・・」
重い足取りで屯所へと戻る山崎の体を、神楽が後ろから蹴りつける。
「さっきから、女々しいアルヨ。男ならしゃんと歩くネ」
「・・・・」
元凶となった神楽を見ると、何が楽しいのか、彼女はずっと笑顔だ。
彼女に悪気がないのは一目瞭然で、どうにも怒ることのできない山崎だった。
「山崎、いるかーーーー!!!!!」
「うわっ!」
翌朝、山崎の目覚まし時計代わりになったのは、屯所中に響くと思われる土方の怒声だった。
前日におそるおそる屯所へ帰った山崎だったが、土方は所用で留守にしていた。
暫く屯所にいないとの話を鵜呑みにしていたというのに、突然叩き起こされた山崎は、布団の上で必死に頭をさげる。「す、すみません、すみません。昨日、諸事情から身元がばれまして、戻りました」
「・・・・命拾いしたな」
「え?」
頭を乱暴に撫でられた山崎は、土方が珍しく笑っていることに気付き、唖然とする。
彼がここまで晴れやかな笑顔を山崎に見せたのは、初めてのことだ。
土方の衣服が乱れているのは、出先から慌てて屯所に駆け戻った証拠だった。
「付け火だとよ。死人は出なかったが、中にいた殆どの人間が重傷だ」
驚きのあまり硬直している山崎に、土方は朝刊を差し出す。
「下手人はもう捕まっている。巷で騒がれている連続放火魔だ」土方に渡された新聞の記事と写真を見るなり、山崎は背筋が凍り付いた。
昨日まで生活をしていた店が、見る影もなく焼けこげている。
深夜に火の手が上がり、近隣の住人が気付くまで時間がかかったらしい。
住民総出の必死の消火活動のかいもなく、建物は全焼。
運が悪ければ、山崎は焼死していたはずだ。
「チャイナさん・・・」
呆けたように新聞を握り締める山崎は、自然と呟きをもらしていた。
「ん、何だ?」
「いえ、何も」
曖昧に答えながら、山崎の頭に浮かんでいたのは昨日会った神楽のことだ。
彼女は知っていたのではないだろうか。
近く、あの店に何か災いがあることを。
だから、わざと山崎があの店にいられなくなるよう、しむけた。「今度会ったら、酢昆布をよこすヨロシ。お礼はそれで良いアル」
別れ際の意味不明な言葉と、悪戯な笑みが思い出される。
命を救ってもらったのだとしたら、それは実に安いお礼の品だった。
あとがき??
えーと、元ネタは『真夏の国』の第一話なのですが、あまりというか全然分からないですね・・・・。
山崎、好きなんですよ。『新選組!』の影響で。
何気にうちの山崎と神楽は仲良し設定なのです。
そして、土方と山崎の組み合わせも好き・・・・。カップリングではなく、コンビね。