ブラックリスト NO.1


ふと顔を上げると、視線の先に彼女がいる。
長い赤毛を三つ編みにして、何か言いたげな瞳でこっちを見ている彼女。
同じ寮の子だけれど、言葉を交わしたことは一度もない。
そして、彼女を見かけると、自然と心が弾んで、嬉しくなる。

 

たぶん、好きなんだと思う。

 

 

 

授業が全て終了した、ある日の午後。
人のいない3階の教室で、彼女が窓の外を眺めているのを見かけた。
自分も教材を用具室に置いた帰りで、一人きりだ。
話しかけるのなら、よいチャンスだと思った。

 

「何、見てるの?」

後ろから声を掛けると、彼女は大仰に肩を震わせて振り返った。
そして、僕の顔を見るなり、その表情はさらに驚愕のものに変わる。

「ごめん。驚かせちゃった?」
何故彼女がそこまで動揺しているのか分からなかったけれど、笑顔を作って歩み寄る。
3階の窓、彼女の隣りから下方を見遣ると、中庭にいる生徒の様子がよく見えた。
今、その場にいるのは自分の知己であるシリウスとリーマスだけだ。
楽しげに談笑している彼らを眺めているうちに、非常に嫌な予感がした。

「リーマスを見ていたの?」
「・・・いいえ」
「じゃあ、シリウスか」
その瞬間、彼女の顔は真っ赤に染まる。
おかげで、全てのことがいっぺんに飲み込めた。

自分の問いが正解だったことと、よく目が合うのは自分ではなく、自分の隣りにいるシリウスを見ていたからだということ。

 

 

 

「何か、ジェームズ最近元気なくない?」
「腹でも壊したんじゃないか。拾い食いでもしたんだろう」
夕食の時間、リーマスとシリウスがこそこそと話しているのが聞こえたけれど、反論する元気はなかった。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

『協力してあげる』

あのとき、思わず口から出た言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
彼女の笑顔を見れた嬉しさと、後ろめたさが半々。
もちろん、彼女の恋を応援する気は毛頭無く、ただ共通の話題を作りたかっただけだ。

 

「・・・シリウスさ、どんな女の子が好み?」
訊ねると、シリウスは口に含んでいたスープを吹き出しそうになった。
「何だ、突然」
「答えてよ」
真剣な眼差しに気圧されたのか、シリウスは目線を上げて少し考える動作をした。
「・・・あんまり騒がしくない性格で、頭の良い女子だな」

シリウスの条件は、図らずもそのままリリーに当てはまっていた。
彼女は自分の我を押し通すタイプではないし、主席の頭脳を持っている。
不思議そうな顔で自分を見る友人達を無視して、面白くない気持ちで手元のパンを引きちぎった。
シリウスは頭脳明晰でスポーツ万能、おまけに顔が良い。
文句の付けようがなく、女生徒からの人気もある。
彼女が夢中になるのも分かる気がした。

 

「そういえば、リリー・エヴァンスと一緒にいるのをピーターが見たって言ってたけど、付き合ってるの?」
リーマスの問い掛けに、今度はこっちがパンを吐き出しそうになる。
「誰だ、そのリリーって」
「同じ寮の子だよ。覚えてないの?」
「・・・・・」
「僕なんて、同じ寮の女の子の名前は上級生も下級生も、全部覚えてるよ」
「・・・自慢になるのか、それは?」
こっちの気も知らず、リーマスとシリウスは勝手なことを言っている。

「でもさ、実際の話ジェームズの相手にしてはちょっと釣り合わなくない?見た目地味っていうか・・・・」
言いにくそうに話すリーマスに、一瞬にして頭に血が上る。
「そんなことない!彼女は十分魅力的だ!!」
思わず声を荒げて反論すると、真正面にいるリーマスは目を丸くしてスプーンを取り落とした。
いや、彼だけではく、近くの席にいた生徒全員がこっちを見ている。
その中にリリーの姿を見付け、そのまま座っていることなど到底できなくなった。

 

「・・・帰る」
食事はまだ全然途中だったけれど、急いで席を立つと、逃げるように大広間から退散する。
そのあと、顔を見合わせたシリウスとリーマスの呟きは、当然耳には入らなかった。

「・・・・マジだぞ」
「ねぇ」

 

 

 

「ジェームズ」
湖の畔の、いつもの待ち合わせ場所にリリーは少し遅れて現れた。
急いで駆けてきたらしい彼女は、立ち止まると胸に手を当てて荒い呼吸を繰り返す。
「大丈夫?」
「・・・平気」

リリーはすぐに顔を上げてにっこりと笑った。
その愛らしい笑顔を前に、地味だなんてとんでもないことだと思う。
だけれど、今日の彼女がいつもといささか雰囲気が違うのは確かだ。

「髪型、変えたんだね」
「ええ。ちょっと、気分転換に」
彼女はおさげだった髪を背に垂らし、瞳の色と同じ緑のリボンを付けている。
片手で髪に触れると、リリーは上目遣いに僕の方を見た。
「・・・変かしら」
「可愛いと思うよ」

はにかんで笑うリリーは、本当に可愛い。
別に好きな人がいる彼女が、怨めしくなるほどに。

 

リリーに会って何をするかといえば、当初の約束通りにシリウスに関する情報を伝えたり、リリー自身のことを訊いたり、僕の話をしたり。
リリーといると気持ちが和んだし、たわいのない話をするだけで楽しかった。
一緒にいれるだけで良かったはずなのに。
どんどん欲深な気持ちが芽生えてくる。
手が届きそうで届かない関係が、こんなにもどかしいとは思いもしなかった。

 

「クィディッチの試合?」
「そう。特等席を取っておくから、絶対見に来てよ」
高い場所の苦手なリリーはクィディッチを危険なスポーツを思っているらしく、僕の誘いに眉をひそめた。
「・・・ジェームズ、私」
「僕も出場することが決まってるからさ。ねっ」
渋々といった様子だったけれど、何とかリリーに約束を取り付ける。

これで布石は打った。
あとは、僕の計画が上手くいくことを祈るだけだった。

 

 

 

当日は快晴で、絶好の試合日和。
箒に乗り上空へと舞うと、世情の嫌なことなどまるで吹っ飛ぶような気持ちになる。
風をきって飛ぶこと以上爽快なことは、きっと他にない。

それでも、この日だけは状況が違った。
リリーのために用意した席。
隣りには、シリウスが座るようにセッティングしてある。
明るく人当たりの良い彼女は、きっかけさえあれば、シリウスともすぐに仲良くなれるだろう。
そうなれば、自分は用済みだ。

 

そんなことばかり考えていたせいか、試合開始の合図はおろか、大観衆の声すら僕の耳に入っていなかった。

「ジェームズ!」
仲間の呼び声に振り向いたときには、もう遅い。
敵陣営の生徒と接触した僕は、真っ逆様に落下した。
途中意識を失ったようだけれど、地面に激突した衝撃で覚醒せざる得なかった。

 

 

・・・格好悪すぎる。

振られた上に、こんな醜態を好きな子に見せるはめになるなんて。
たぶん、骨の一本や二本は折れてるなぁ、と冷静に考えながら、正直、泣き出したい気持ちになった。
今なら、怪我のせいだということにできるだろう。

シリウスは親友だ。
だけれど、彼がリリーと交際することになったら、今までと同じように付き合うことなどできない。
リリーが他の男のものになるなんて、考えただけで気が狂いそうになる。
こんな気持ちになる人は、きっと後にも先にもリリーだけだ。
心と体、両方の痛みに耐えながら、あの教室で彼女に話しかけたことを、僕は死ぬほど後悔していた。

 

どれくらいの時間が経ったのか。
近づいてくる足音に瞳を開けると、それは救護班の人間ではなかった。

「ジェームズ!!」
目に涙を一杯ためて飛びついてきたのは、リリーだ。
おかげでものすごく痛かったけれど、驚きの方が大きかった。
観客席にいるはずの彼女が、どうしてここに。

「・・・・シリウス、は?」
「あなたのことが気になって、彼と話しをする暇もなかったわ!」
ぽろぽろと涙をこぼすリリーは、怒鳴るようにして言った。
「本当に、もう、死んじゃったかと・・・」
声を詰まらせたリリーは、そのまま顔を両手で覆って泣き出した。

 

ようやくやってきた担架に乗せられて、僕は医務室へと運ばれた。
案の定、骨が折れていたけれど、もう痛みはそれほど感じなかった。
彼女がずっと手を握っていてくれたからだろうか。

 

 

 

あとから聞いた話によると、僕が箒から落ちたのと同時に駆け出したリリーのスピードは、ほぼ同時に動いたシリウスやリーマスを遙かにしのぐものだったらしい。
もともと足の速い方ではないリリーは、自分でも不思議だと語った。
たぶん、これを「愛の力」というのだろう。

この一件で、僕らはすっかり周りにカップルと認められてしまい、自然とそういう雰囲気になった。
当然、僕から正式な交際の申込はした。

 

「僕と結婚して」

真剣そのものの僕の言葉に、リリーは大きく目を開いた。
緑の瞳が、こぼれ落ちてしまうのではと心配になるくらい。
驚いてはいるけれど、嫌そうな顔ではないことに、まず安心する。
そして、気の早い僕のプロポーズに、リリーは笑顔と共に答えてくれた。

「卒業したらね」


あとがき??
ジェームズとリリーは、二人とも主席だったとあったので、てっきりリリーはジェームズより一つか二つ年下だと思っていたのですよ。
主席ってのは、一人だし。
しかし、違っていたらすみません。うちでは一つか二つ年下、ということで。
基本的にピーターくんはあまり登場しません。それは、私が3人以上の会話を成り立たせることが困難だから。

NO.2NO.3と続く予定なのですが、予定は未定。気分屋なので。
次があれば、ジェームズくんとリリーさんをラブラブにしたいですね。ハリハーでラブラブに出来ない分。
最初は地味だったらしい、リリーさんの変化にも注目か。
ジェームズさん曰く、「愛の力」で綺麗になっていくのですよ。
そう、ブラックリストシリーズのテーマは、ずばり『愛』です。(恥ずかしい・・・・(私が))

何でタイトルがブラックリストなのか。
最初に考えた話がシリウス視点だったときの名残。
たぶん、その話は
NO.2で。


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