ブラックリスト NO.2


「カサブランカです」

言いながら、彼女ははにかんだ笑顔を見せる。
純白の百合の花同様、清楚で可憐な人だと思った。

花が好きなのか、庭園でよく彼女の姿を見かけた。
声をかけようとしても、自分と目が合うといつの間にかどこかえ消えてしまう。
初めて会話をしたそのとき、彼女は一言発しただけで、顔を赤くして走り去ってしまった。

彼女の見ていた花の名前を聞くよりも前に、彼女の名前を聞くのだったと、ひどく後悔した。

 

 

 

「リリー」

教室移動の途中に、ジェームズが唐突に声をあげる。
きょろきょろと周囲を見回したジェームズは、「こっちだ」と階段から身を乗り出して階下を見た。
果たして、そこにリリーはいた。
友達と何か話しながら歩いている彼女は、上にいる俺達には気付いていない。

「何で分かった?」
「愛の力」
さらりと答えたジェームズに、何となく脱力した。
ジェームズは大真面目だ。

 

「でもリリー、綺麗になったねぇ・・・・」
ジェームズの傍らにいるリーマスが、下方を見詰めたまま惚れ惚れとした声で言う。
長い髪をなびかせて歩く彼女は、確かに綺麗だ。
現に、こうして歩いているときもちらちらと振り返って見ている男子生徒が何人もいる。
二階の渡り廊下から見ていると、それがとくに分かるのだ。

「・・・・あとで全員ボコってやる」
ジェームズの口からもれた低い声は、俺もリーマスも聞かなかったことにした。

 

 

 

授業終了後、庭園に寄ったのは、あまりに晴天だったから。
散歩をして、外の空気を吸おうと思った。
だから、そこに彼女がいたのは、本当に偶然だ。

 

「ジェームズは?」
リリーの第一声に、何となく、面白くない気持ちで顔をそむける。
「図書室。君を捜しに行った」
「じゃあ、入れ違いね。私、図書室からここに来たのよ」

さして残念そうでもなく言うと、リリーはにっこりと笑いかけた。
「お花、好きなの?」
「何で」
「初めて話したときも、ここだったからよ」

 

彼女が自分と話したときのことを覚えていたのを、心底意外に思う。
交わした言葉は、たった一言だけだった。
とくに花が好きというわけでなく、リリーがいたからこの場所に来ていたとは、今となっては言いにくい。

 

「あのとき、俺から逃げたのはどうしてだ?」
誤魔化すように訊ねると、リリーは軽く目を見開いた。
でもそれは一瞬のことで、彼女はすぐにいつもの微笑を浮かべる。

「あれは、恥ずかしかったからよ」
「恥ずかしい?」
「ええ」
リリーは小さく頷いて自分を仰ぎ見た。

「私、あなたのことが好きだったの」

 

 

そのあまりにあっさりとした告白に、俺は二の句が継げなくなった。

好きだった。
それは、思い切り過去形だ。
だから、今はこうして目を合わせて会話を出来るということだろうか。

頭をかすめたのは、カサブランカの咲く庭園の思い出。
リリーを見付けたのは、自分が先だ。
あのとき名前を聞いていれば。
いや、彼女を引き留めていれば、今リリーの隣りにいたのはジェームズではなく自分だったかもしれない。
そう考えると、何となくやりきれない気持ちになった。

 

 

「じゃあ、私行くわね」
「リリー」
踵を返したリリーを、思わず呼び止める。
「ジェームズの、どこが好きなんだ」

訊ねたあとに、自分自身で驚いた。
だが、このままもやもやした気持ちを抱えたままでは、彼女を諦めきれないし、ジェームズに対しても後ろめたい。
何でもいいから、納得のできる理由を、彼女の口から聞きたかった。

ジェームズは成績優秀だし、クィディッチの優秀な選手だ。
背は高いし、器量も悪くない。
女子が見ているところは、まずそのあたりだろうと予想する。

だけれど、リリーの答えは俺の想像とは全く違っていた。

 

 

「人の悪口を言わないところ」

朗らかに笑うと、リリーはまっすぐに自分を見詰める。

「あの人ね、きっと嫌いな人なんていないのよ。喧嘩ばかりしてるけど、セブルスのことも本当は気に入ってるの。そういう心の広いところが尊敬できるし、彼が自分を好きだって言ってくれることを誇りに思う。だから、私も彼と一緒に肩を並べて歩けるように頑張ろうって気持ちになるの」
ジェームズのことを語るリリーは、生き生きとしていて、本当にジェームズを好きなのだとよく分かる。

ジェームズの言う「愛の力」が、あながちはったりではないと思えてきた。
リリーが輝いて見えるのは、ジェームズのために、自分を磨こうとしているからだ。

春を迎えた花が咲き始めるように、リリーは段々と綺麗になっていく。
リリーには、きっとジェームズという光が必要だったのだろう。
自分が相手では、人目を引き付けるほどの花は咲かせられなかった。

 

 

図書室へと向かうリリーの後ろ姿を見送りながら、何とか気持ちの整理をつける。
二人の関係を見守る決心はついた。
彼女への思いはまだ少し残っているけれど。
友達として、リリーの笑顔が曇ることがないよう、助言くらいはできるはずだ。


あとがき??
シリリリも好きなんです。片思い前提。(笑)
親世代はどうやらリリーさんが最強のようです。(次点がリーマス)
ついでに、おまけが下記にあります。
綺麗なままで終わりたい人は読まないように。

 

 

(おまけ)

寮への近道のために、中庭を横切ろうとすると、人の足が植え込みから見えた。
何となく嫌な予感がしたが、人が倒れているのを放っておけない。

背の低い木々を掻き分けて、彼らを見下ろす。
見覚えのある顔が累々と。
全員、リリーに色目を使っていた男子生徒だ。
意識のない彼らは、何者かに、死なない程度に叩きのめされている。

「・・・・心、広いか?」

思わずもれてしまった言葉は、しょうがないことのように思えた。


駄文に戻る