寅吉や益田は適正がないらしく、顔を見ただけで大泣きされ、榎木津にいたっては触ろうともしない。
よって、その場にいる唯一の女性である美由紀が必死に赤ん坊をあやすこととなった。
赤ん坊もごつい男の手より少女の方が安心出来るのか、幾分大人しくしている。
それに反比例して、榎木津の表情は段々と険しくなってきていた。
日課である昼寝を邪魔されたのが、よほど気に障ったのだろうか。

「ここは探偵事務所だ。託児所ではない!」
いきり立つ榎木津を皆は困り顔で見つめた。
「そうは言っても、放り出すわけにもいきませんや」
「探偵さんって、そんなに酷い人なんですか」
美由紀が寅吉の言葉に追随すると、榎木津はとたんに口をとがらせてそっぽを向いた。
まるで子供っぽい仕草だったが、彼が年齢に反して幼い思考の持ち主であるのは周知のことで、誰も気にはしていない。

探偵事務所に不釣り合いな赤子は、依頼人の子供だ。
子連れで依頼の話をしにきたのだが、もともと持病があったらしく事務所の扉を叩いた瞬間に倒れて救急車で運ばれてしまった。
幸い命に別状はなく、一晩の入院で済むようだが赤ん坊を病院で世話をするのは到底無理だ。
父親の方は海外に単身赴任中で、迎えにくることは出来ない。
彼らの縁者は皆戦争で亡くなっており、必然的に母親が退院するまで事務所で面倒を見ることになったのだが、榎木津は美由紀が抱える赤ん坊を見ながらまだぶつぶつと言っている。

 

「大体、子供は騒がしくて自分勝手で人の話を聞かなくて、一人では生きられないのに我が儘を言うとんでもない生き物だ。必要ない」
「・・・・はぁ」
必要ないと言っても、榎木津とて昔は子供だったはずだ。
いや、今、彼が言ったことは現在の榎木津にそのまま当てはまっていて、どう突っ込んでいいかも分からない。
彼が動くと周りの人間が多大な迷惑を被ることが多いのだが、本人に自覚はないようだった。

「探偵さんって、子供が嫌いなんですか?」
「それはないんじゃないですかねえ。赤ん坊のせいで誰かさんがかまってくれないから、すねているだけですよ、きっと」
「ああ、なるほど」
寅吉の言い分に益田は納得して頷いたが、美由紀はきょとんとした顔で首を傾げている。
おそらく、お気に入りの少女を赤ん坊に取られて、それで機嫌が悪いのだ。
相手が赤ん坊だろうと、何だろうと、榎木津は美由紀が興味を示すものを全てライバルと見なすらしい。
寅吉と益田も、「女学生に近づきすぎる」という理由で、よく小突かれている。

 

「あの、差し出がましいかもしれませんが、探偵さんも将来結婚して子供が出来るんでしょうから、今のうちに慣れていた方がいいですよ。子供嫌いだと苦労します」
「僕は別に・・・・」
何かを言いかけて、榎木津は赤ん坊を抱えて目の前に立つ美由紀をじっと見据えた。
「な、何ですか」
色素の薄い、硝子玉のような瞳に緊張しながら美由紀は訊ねる。
彼がこうした眼差しをするときは、必ず次に突拍子もないことを言い出すのだ。
思わず身構えた美由紀に、榎木津は急に頬を緩ませ、満面の笑みを浮かべてみせた。

「ああ、そうだな。君に似た子供なら可愛いかもしれない。うん、そうしよう!」
「・・・それって、私が子供っぽいってことですか」
頬を膨らませた美由紀は、不満げに榎木津を見上げる。
確かに、30過ぎの榎木津にすれば中学生の美由紀は子供そのものかもしれないが、背伸びしたい年頃の少女は全く面白くない。
彼と釣り合うためにも、早く大人になりたいと願っているのだ。

 

「うーん、今のって、美由紀ちゃんを子供扱いしたっていうより、美由紀ちゃんに似た子供が欲しいなぁと言っているように聞こえたんだけれど」
「私もそう思いやす」
益田と寅吉の会話など知らず、赤ん坊ごと榎木津に抱えられた美由紀は「わあ」や「おお」といった、彼好みの悲鳴を上げている。
二人が結婚したとして、その子が美由紀に似れば幸いだが、もし父親の方に似たならば・・・・。
人形のような顔立ちの子供に「下僕」と言われ、こき使われるのだ。
世話をする人間の苦労は二倍、いや、相乗効果で三倍かもしれない。
恐ろしいことだと震える二人の不安は何年後かに現実ものになるのだが、それはまだ少し先の話だった。


あとがき??
軽く、ジャブ程度に。エノミユ前哨戦。
あとから、本筋の話を書く予定なんですが・・・・。
その前に力つきたらごめんなさい。
美由紀ちゃんは学校が探偵事務所の近くで、ちょくちょく遊びに来ているのだと思ってくださいな。
何を書こうかなぁと思って歩いていたら、隣りを子供が横切ったので、赤子ネタにすることにした。(単純)


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