探偵さん


気味が悪い。

 

いくら傍若無人な性格とはいえ、何を言われても傷つかないというわけではない。
榎木津の左目は普通の人間とは違う。
彼の意思とは関係なく、昔から、目に映る人間の過去がおぼろげに横切る。
子供の時分はそれが特別なものだとは知らず、口に出しては大人達に怯えた眼差しを向けられていた。
父親が息子の特殊な能力を許容出来る器の大きな人物でなかったら、少年はどこか歪んだ成長をしていたことだろう。

特別だから、人にはない力があるのだ。
自分を神と言ってのけるまで少しの葛藤があったはずだが、今ではほとんど覚えていない。
幸い友人に恵まれ、探偵という職業にもつき、不自由のない暮らしをしている。
そして、少々破天荒な性格でも飛び抜けた美貌のために自然と異性が寄ってくるのだが、そうして集まってきた女性と付き合っても、長続きはしなかった。
今日などは「気味が悪い」という最悪な捨て台詞と共に恋人が去り、彼は珍しく落ち込んでいる。

榎木津の瞳の能力を知ると、大抵の女性は興味を持ち、面白がった。
そして最期にきまって「気味が悪い」と言い残して姿を消すのだ。
彼の前では隠し事など出来るはずがなく、何もかも見透かすその瞳が、親しくするうちに段々と息苦しくなるのかもしれない。
榎木津は自分でも時々、得体の知れない力を怖いと思うときがある。
だから、他人が怯えるのも当然のことだと納得し、彼女を恨む気など毛頭なかった。

 

 

 

「探偵さん」

考え事をしながら歩いていた榎木津は、少女の声に反応して立ち止まる。
振り返ると、いつかの事件で知り合った女学生、美由紀が息を乱して走ってくるのが見えた。
そういえば、どこか東京の学校に通っていると聞いた気がする。
制服姿なのを見ると、その学校とやらは事務所の近くだったのかもしれない。

「やあ、久しぶりだ!」
「はい。覚えていてくださいましたか」
「僕は可愛い女の子の顔は忘れないよ、女学生君」
微笑みを浮かべる榎木津に、美由紀は同じように笑顔を返す。
顔は分かっても、相変わらず名前を覚える気のない彼には苦笑するしかない。

 

「ああ、目当ての買い物は出来たようだね。それが熊のぬいぐるみになる材料かい?」
美由紀の顔を一目見て、榎木津は彼女が手芸用品を買いに外に出たことを察する。
一瞬驚いた顔をしたが、美由紀はすぐに冷静さを取り戻して彼の顔を見上げた。
「探偵さん、人の過去が見えるって話、本当なんですね」
「ああ。僕は神だから、特別なんだ」
相変わらずの口調で胸を張る榎木津に、美由紀は口元に手を当ててくすくすと笑う。

先ほどまで落ち込んでいた榎木津は、不思議な気持ちで彼女の姿を凝視する。
くるくると表情を変える彼女を見て、自然と心が和んでしまった。
髪を肩のあたりで切りそろえ、幾分大人びた表情になった美由紀は社交辞令ではなく可愛い。
このまま抱き寄せたらどんな顔をするだろうかと考えを巡らせたとき、ふいに彼女は笑うのを止めて、榎木津を見つめた。

 

「いつから、見えていたんですか?」
「何がだい」
「普通の人に見えないもの」
「ああ、昔からずっとだよ。左目の視力がほとんどなくなった今の方がよく見えるけどね」
別段隠すことでもなく、榎木津は明るい調子で言ってみせる。
美由紀もまた、「凄い」「羨ましい」などと、他の女性達と同じように瞳を輝かせて言うのだと思った。
だが、榎木津の予想に反して、彼女は物憂げな様子で眉をひそめる。

「・・・大変でしたね」
うつむき加減で呟かれた声に、意表をつかれた。
深刻な顔つきの美由紀を眺めながら、榎木津は顎に手を当ててその意味を考える。
大変、だったのだろうか。
目のせいで誰になんと言われたようと、好きなように生きるだけだ。
だが、自分を理解して、そばにいてくれる人がいなければ、どれほど自由に過ごしても孤独だった。
普段はまるで感謝する気などないが、彼らも確かに榎木津にとって必要な人間なのだ。

「探偵さんには、拝み屋さんや刑事さんがいるから、大丈夫ですね」
「・・・うん」
機先を制して言われてしまい、榎木津は思わず素直に頷いていた。
他人の心を読む立場が、初めて逆転したような錯覚に陥る。
少女の澄んだ瞳には、胸の奥底にある感情が、何もかも見えているようだ。
「君は、僕を気持ち悪いと思わないのかい?何を見られているか、分からないよ」
思ったことをそのまま声に出すと、美由紀は悪戯な笑みを浮かべてみせた。
「だって、探偵さんは神様だから、平気でしょう」

 

心の中を、涼風が通り抜ける。
不思議な子だ。
誰も知らない、榎木津の望む言葉をそのまま言ってくれる。
何の思惑もない柔らかな笑顔が、無性にいとおしく感じられた。
「女学生君は本当に可愛いなぁ・・・・」
破顔した榎木津は、無意識に美由紀の頭に手を置きながら言う。
「名前、教えてくれるかい?」

彼が自分から名前を訊ねたことなど、今まで一度もない。
幼なじみの木場がこの場にいたら、こぼれ落ちそうなほど目を見開いたことだろう。
「覚えられないのに、訊くんですか?」
至極もっともな美由紀の質問に、榎木津はにっこりと笑って答えた。
「覚えるよ。女学生君、君は僕の特別だ」


あとがき??
対の美由紀ちゃんの話まで、頑張ろう!


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