神様より偉い人


自称「神」の探偵にも、苦手なものは存在した。
竈馬と、もそもそした菓子。
竈馬の方は一目見ただけで悲鳴を上げる。
もそもそした菓子は、よほど腹が減っていて他に食べるものがないときか、何かせっぱ詰まった理由がないかぎり口にしない。
ある事件を解決した礼にと、さる若者が持ってきた最中を半分ほど平らげたときは益田も寅吉も仰天したものだ。

 

 

その日いつものように榎木津の代理、いや、下僕として外での調査を終えた益田が帰ってきたのは、夕方の4時を過ぎた頃だった。
丁度小腹がすいていたこともあったのだろう。
事務所の扉を開くなり、甘い匂いに反応して腹が鳴る。
テーブルに載っているのは、チョコやクルミの入った、見るからに美味そうなクッキーだった。
「こんにちは」
益田に挨拶をした美由紀は、それが調理実習で作ったものだと説明した。
おそらく、美由紀は知らないのだ。
彼女が一番に食べて欲しいと思っている探偵が、水気のない菓子全てを毛嫌いしていることを。

「美由紀ちゃん」
「はい?」
「あの、榎木津さんはクッキー・・・・ウゲッ!」
最期まで言うことが出来ず、益田は顔面を押さえてその場に蹲った。
どこからか飛んできた蜜柑は見事彼に命中し、ころころと床に転がっている。
「よけいなことを言うな、マスヤマ」
「大丈夫ですか!?」
美由紀は心配そうに声をかけたが、多少の衝撃があったとはいえ、柔らかな蜜柑で怪我をすることもない。
不満を言おうとして榎木津の座る椅子へと目を向けた益田は、そのまま開いた口が塞がらなくなった。

信じられない光景だ。
クッキーは見るのも嫌だと言い張った探偵が、実に美味そうにそれを食べている。
「お前達にはやらないぞ」
「・・・はあ」
「探偵さんは、甘いもの好きだったんですねー」
何も知らない美由紀は呆れて言ったが、そう思うのも無理はなかった。
おそらく益田や寅吉の分も考えて持ってきたクッキーを、榎木津は彼らに奪われないよう、皿を手前に寄せてせっせと食べている。
しかも、笑顔だ。

 

「こ、好みが変わったんですか?」
「それは、違うでしょうよ」
益田が急須に湯を入れている寅吉にこそこそ耳打ちすると、彼は間髪入れずに答える。
「クッキーが嫌いな気持ちより、彼女のことが好きな気持ちが強いんじゃないんですかねぇ」
「・・・ああ」
ふと顔を向けると、榎木津を見つめる美由紀の顔は嬉しそうに綻んでいる。
あのように愛らしく微笑まれれば、何でもしてあげたくなるというものだ。
今の榎木津は美由紀が作ったものなら、道端の石が入っていようとも喜んで食べそうな雰囲気だった。

 

 

 

寮の門限が6時ということもあり、美由紀は5時には事務所から出るようにしている。
だが、今日はよけいなお供が彼女の傍らを歩いていた。
往来の人々の視線が自分に注がれているのが分かり、美由紀はどうしても緊張してしまう。
正確には隣りの麗人、榎木津を見ているのだろうがそうなると嫌でも美由紀との関係を勘ぐりたくなるものだ。
二人は全く似たところがないのだから兄妹には見えず、かといって親子や恋人でもない。
いつも珍妙な服を好んで着ている榎木津だが、今日は比較的まともな服装をしているためによけいに注目を集めるのだろうか。
これならば、散歩がてらに送っていくという彼の言葉に頷くのではなかったと思ってしまう。

「・・・もう少し、離れて歩いて頂けませんか」
「何で?」
呟くような小さな声で要求すると、美由紀を見下ろす榎木津は心底不思議そうに首を傾げた。
視線が合うなり、日本人離れした整った顔に見惚れそうになった美由紀は、慌てて緩んだ頬を両手で固定する。
随分と見慣れたと思っていたが、まだ油断は禁物らしい。
「あのですね・・・」
「今日は女学生くんから甘い匂いがする」
「えっ、ああ、クッキーに使ったバニラエッセンスが・・・って、な、な、何ですかーー!!!」
離れるどころか顔を近づけてくる榎木津に、美由紀はたまらず絶叫した。
生き人形のような顔が目の前にあるのだから、驚くなという方が無理だ。
さらに、頬をなめられたときは気絶しそうになってしまった。

「なんだ、甘い味はしないんだな・・・」
「あ、あ、当たり前です!!私はクッキーじゃないんですから!」
周りの目などすっかり忘れ、真っ赤になった美由紀は両手を上げて抗議の声をあげている。
「うん。君がクッキーでも僕は大好きだぞ!」
美由紀の怒りなどまるで意に介さず、榎木津はにこにこと笑いながら彼女の頭を撫でた。
全く意味不明だ。
それは彼にとっての最大級の賛辞なのだが、彼の突拍子もない行動や「大好き」の言葉に混乱している美由紀に、それが分かるはずもなかった。


あとがき??
榎木津さん、『百器徒然袋』に出てきた彼の持ってきた最中、食べたじゃないですか。
私、あれが凄く衝撃的だったのですよ。(笑)
もしかして、結構気を遣っているのかと思いまして・・・・。美由紀ちゃんならどうかなぁと。
エノミユは満足のいく話を書けたら筆を折ろうと思っているのに、なかなか・・・。(涙)難しいです。
今後エノミユを書くことがあれば、このタイトルに2、3と続けていくかと。


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