神様より偉い人 4


寅吉が薔薇十字探偵社を出てから1時間が経過している。
中禅寺は美由紀と短い会話をしたあとにすぐに帰ってしまった。
自分は一体いつまでここにいなければならないのか。
寮の門限を思い浮かべて思案していると、美由紀の膝を枕にしていたその人の瞳が唐突に開く。

 

「死んでしまった」
「・・・は?」
「沢山、死んでしまった。僕のせいで」
寝言なのかと思ったが、彼の瞳はきちんと美由紀の顔を見つめている。
そして、榎木津の表情はどこか悲しげだった。
いつでも、どんな場所でも、自信に満ちあふれた彼の姿を見慣れていただけに、美由紀はどうにも戸惑ってしまう。
こんなのは榎木津らしくない。

「死んだって、戦争のときの話ですか?確か、海軍にいたって聞きましたけど・・・」
「・・・・・」
話の途中で、榎木津は跳ね起きた。
そして、美由紀の顔をごく至近距離で見据える。
「君だって、いつか僕を裏切るんだ」
「・・・探偵、さん?」
何を言われているのか、意味が分からない。
彼の言動はいつだって常人には理解不能だが、それにしてもむちゃくちゃだ。
元々が端麗な顔立ちなせいか、彼が誰かを睨むと尋常ではない迫力がある。
体が少し震えたが、彼から視線をそらしたらいけないような気がして、美由紀は鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「私は探偵さんの味方です」
静かに呟くと、美由紀のすぐ目の前にいるのに、別の誰かを見ているようだった榎木津の瞳が、僅かに揺れた。
「・・・嘘だ」
「私が今まで探偵さんに嘘をついたことがありますか?」
「・・・・」
「怖くないですよ」
威嚇するように目を細めている榎木津に対して、彼より小さな体型の美由紀がそうしたことを言うのは、随分と的外れに思える。
だけれど、自然と口を衝いて出ていたのだから仕方がない。
「私は、探偵さんを傷つけたりしません」

ゆっくりと立ち上がり、ぽんぽんっと大人が子供にするようにその頭を撫でてみると、彼はすっかり大人しくなった。
指通りの良いさらさらな髪は触っていて気持ちがいい。
美由紀の顔が自然と顔が綻ぶと、榎木津も同じように微笑んでいた。
「もうすぐ寅吉さんが戻ってきますよ。落ち着きましたか?」
「・・・うん」
ソファに座ったまま、彼はさして目線の変わらない美由紀の体を引き寄せる。
「君は変わっているな」
「・・・・探偵さんに言われると、ちょっとショックです」
本当に嫌そうな顔をしていたのか、顔を上げた榎木津はいつものように、大きな声で笑った。

 

 

 

「すみません、ちょっと知り合いに会っちゃって・・・」
買い物袋を抱えて戻ってきた寅吉は、来客用ソファで眠る榎木津を見ると、驚きに目を丸くする。
「あれ、まだ起きていないんですか」
「一度起きたんですけど、また寝ちゃいました」
「駄目ですよぅ。そんなに甘やかしたら、どんどん我が儘になります」
呆れきった表情で言う寅吉は、榎木津が美由紀の言葉には比較的従うことを知っていた。
だが、美由紀は苦笑するだけで、迷惑そうな素振りは少しも見せない。
「いいんです。我が儘でも、元気なら」


あとがき??
・・・何だかナウシカを思い出したんですが。
ナウシカ=美由紀、テト=榎木津!?
うちの美由紀ちゃんはどんどん榎木津さんのマミーっぽくなる。
榎木津さんは女の人と付き合っても長続きしないそうで、それって結局は性格より、あの瞳のせいかと思ったのですよ。
見られちゃいますから。怖いです。


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