金魚姫
きっと、頭にきていたからだと思う。
足を滑らせて、想いヶ池に落ちるなんて。
普段なら絶対にしない失態だ。想いヶ池はホグワーツの敷地内にある池で、水面が赤いときには過去へ、青いときには未来に繋がっている。
行ける時代は特定されていなくて、危険ということで使用を禁止されていた。
そして、私が今いるのは十数年前のホグワーツのようだった。
何故分かるのかというと、ここにきてすぐに、校舎内でハリーそっくりの少年を見付けたから。
ジェームズという名前は、ハリーの父親の名前。
「あと、1時間くらいかしら・・・・」
私は経過した時間を指折り数えた。
想いヶ池を使って時を越えた場合、過去、また未来にいられる時間は決まっている。
慌てなくてももとの時代に戻れるのが、この池の長所でもあり短所。
せっかく過去の世界に来たのだから、いろいろと見て歩きたいのだけれど、人間に干渉することは禁じられている。
未来が変わってしまうと問題があるからだ。
授業中はエスケープを見張る先生達の目から隠れ、放課後もなるべく生徒達の目の触れないようにこそこそと動く。かなり窮屈だった。
当然、お腹も減ってくる。
私することもなく、想いヶ池のほとりに座り込んで水面を見つめていた。
暫くの間ぼーっとしていたのだけれど、お腹が鳴るのと同時に人の足音が聞こえてきて、私は急いで植え込みに隠れた。
池に続く小道を歩いてくるのは、男女のカップル。
ハリーと同じ顔の少年と、その恋人で、ハリーの母親のリリーだ。「だから、彼と一緒にいたのは宿題の分からないところを教えていたからよ」
「そんなこと言ったって、随分と親しげな様子だったじゃないか。他の寮の生徒なのに」
「気のせいでしょ」
言い募るジェームズに、リリーはやんわりと言葉を返す。
立ち止まると、リリーはジェームズに向かってにっこりと微笑んだ。「今日は練習の日でしょ。試合が近いんだから、早く行かなきゃ」
「・・・・」
ジェームズはまだ不審げな顔つきだったけれど、リリーがまるで相手にしないのだから喧嘩にはならない。
「怪我には注意してね」
リリーは笑顔と共に小さく手を振る。ジェームズが走り去ったのを見届け、リリーも歩き出したと思われたそのとき、私のお腹が再び大きくなった。
リリーの足も、同時に止まる。
「誰かいるの?」
怪訝な表情で問い掛けられ、私はかなり進退窮まった状況に陥った。
「お茶も飲む?」
優しい問い掛けに、私は大きく頷く。
リリーは時々こうしておやつを持参で庭園に来るらしく、私はクッキーやマフィンをごちそうになっていた。
全部たいらげてからこの菓子が彼女のものだったことを思いだし、私は真っ赤になる。「ご、ごめんなさい」
「良いわよ。部屋に戻ればまだ沢山あるから」
リリーは少しも気を悪くした様子がなく、にこにこと笑っている。こうしていると、不思議とハリーと話しているような気持ちになった。
顔は全然違うのに、身に纏う空気が同じ気がする。
ハリーの穏和な気質は、母親から受け継がれたのだろうか。
「あの、さっきの人と付き合ってるんですか」
「ええ。私の大事な人なの」
しっかりとした返答は、二人の間にある絆を感じさせた。
「・・・いいですね、大切にされていて。私の好きな人は、全然あんな感じじゃないです」
私の口からは、大きなため息が出る。
「私が他の男子と話していても焼き餅なんて焼いてくれないし、我が儘を言っても怒ったりしないし・・・・」同じ顔をしているだけに、ジェームズとハリーのギャップがよけい大きく見えた。
物静かなハリーの性格は、時々物足りなくなる。
大好きな気持ちは変わらないけれど。
向こうが自分をどう思っているのかストレートに伝わってこない。
「今日も喧嘩したんです。褒めてもらいたくて新しいワンピースを着て見せたのに、彼、何て言ったと思います」
「さぁ?」
「“オランダシシガシラ”みたいだって」
その情景を思い出し、自然と語調が荒くなった。“オランダシシガシラ”。
それが、私を見たハリーの第一声。
最初は何のことか分からなかったけれど、図鑑を見てから愕然とした。
頭に大きな瘤のある、おそらく綺麗という表現では使わないぷくぷくした赤い金魚。
“獅子頭”という名前がピッタリの顔。
馬鹿にしているとしか思えない。リリーは金魚のことを知っていたのか、口元に手を当てて忍び笑いをしている。
「でも、分かる気がするわ。赤いヒラヒラの服を着たあなたが目に浮かぶもの」
「え?」
「たぶん、褒め言葉がすぐに思い付かなくて、彼は自分の好きなものに例えたんじゃないかしら」
リリーは傍らにいる私の顔を覗き込むようにして見る。
「きっと悪い意味じゃなかったのよ」
「・・・・」
「大丈夫よ。彼があなたを大切に思っているわ」言いながら、リリーは穏やかに微笑んだ。
ハリーの母親の言葉。
これ以上に説得力のある弁明は、他になかった。
現代に戻ると、私が池に落ちてからそう時間が経過していなかった。
夕暮れの空は赤く染まっている。
今なら、ちょうどハリーのクィディッチの練習が終わった時間だろうか。
そう考えるといてもたってもいられなくなって、私は練習場に向かって駆け出していた。
「ハリー」
練習着を着たままチームの上級生と歩いていたハリーは、私の呼び掛けに振り返る。
私が飛びつくと、ハリーはかなり動揺した声を出した。
「どうしたの?」
「会いたかったの」私は過去で何時間か過ごしていたけれど、ここではいくらも経っていない。
案の定、ハリーはさらに困惑した表情をしている。
そばにいた上級生達は、気を利かせてくれたのか、呆れていたのか、いつの間にかいなくなっていた。
ハリーにしても、怒っていたはずの私が急に抱きついてきたのだから、相当驚いたことだろう。
「ハリー、金魚好きなの?」
出し抜けに訊ねると、ハリーは顔を縦に動かした。
「うん。おじさんの家で、唯一許されたペットが金魚だったんだ。大事にしてたけど、早くに死んじゃって・・・」
「そう」
リリーの言葉は確かに当たっていた。
家族のいないハリーにとって、それは私が思う以上に特別だったのかもしれない。私以外の女の子には優しくしないで、私だけを見てくれるハリーに憧れたりした。
でも、考えてみたらそんなの全然ハリーらしくない。
ハリーは神様みたいに平等に皆に微笑む。
そして、私にだけ、ちょっとづつ違う表情を見せてくれる。
「“オランダシシガシラ”と私、どっちが可愛いと思う」
真剣に訪ねると、ハリーは目を丸くしてから、すぐに相好を崩す。
彼の笑顔を見ながら、彼のことが好きだとはっきりと感じた。「ハーマイオニー」
GOOD!
あとがき??
“オランダシシガシラ”は萩岩睦美先生の『不思議の国の金魚姫』が元です。
想いヶ池は『ときめきトゥナイト』ですね。(笑)用途は微妙に違いますが。
大好きな親世代とリンクさせてみたりして。
リリーさんとハーマイオニーは年齢そう変わらないけれど、ハリーの母親なのでハーマイオニーは敬語。
私、ハリハーも好きですが、自分で書くのはハーハリが良いかも。
・・・ハリハーサイトはちらほらと見ますが、ハーハリ好きーってもしや私くらいなのだろうか。うう。(涙)うちのハリーは全体的にリリー似。ジェームズほど情熱的ではない人。
親世代はリリー総受けで、子世代はハリー総受けみたいです。親子で最強。
“オランダシシガシラ”って、英名は何でしょうかね。