プロポーズ


その日のハリー達の授業内容は野外での写生。
とはいえ、魔術魔法学校、普通の美術の授業のはずがない。
手を使わず、魔法を使って、絵を完成させるのだ。
呪文を唱え筆を動かすだけでもかなりの集中力を要するが、さらには美的センスも伴うなかなか難解な作業。
グリフィンドールの生徒達は校内の立ち入りを許された場所に広がり、各自思い思いの絵を描いている。

 

「ハリーって、絵、上手いのね」
ハーマイオニーは傍らのハリーの手元を覗き込みながら言った。
「本当だ!!」
ハーマイオニーの言葉に呼応するように、ロンも感嘆の声をあげる。
ハリーが描いているのは風景画だ。
三人がいるのは丁度下方の情景を望める3階の渡り廊下付近だが、ハリーは視界に入る風景をそのままに、上手く表現している。

「それで、ハーマイオニーの描いてるそれは何なの?豚?」
ロンの一言に、ハーマイオニーは顔を真っ赤にして彼を睨みつけた。
「クルックシャンクスよ!!!」
激怒するハーマイオニーに、ロンのみならず、ハリーも驚いて彼女の絵を見た。
野原、らしきものを闊歩する橙色の物体。
耳があり、鼻があり、尻尾が丸まってとぐろを巻いている。
ハリーの目には、豚かどうかすらも怪しい動物だ。
だが、彼女は自らの飼い猫を表現したかったらしい。

「・・・豚じゃないの?」
追い討ちをかけるように念を押すロンに、ハーマイオニーはさらに目を吊り上げた。
「ロン、あなた目がおかしいんじゃないの!!どう見ても、クルックシャンクスでしょ!!」
「何言ってるんだよ、これのどこが猫なんだよ!ハリーはどう思う!?」
乱暴な物言いのハーマイオニーに、短気なロンもキレた。
二人に挟まれるように椅子に座っているハリーは、険悪なムードに冷や汗をかく。
ハーマイオニーが懸命に絵を描いていたことは分かるし、正直に彼女の絵を否定するわけには行かない。
ロンとハーマイオニー、どちらの肩を持つこともはばかれる状態だ。

 

「あ、あのさ。こうすればもっといい感じになるんじゃないかな」
ハリーは無理に笑顔を作りながら、自分の筆を操ってハーマイオニーの絵に色を足した。
軽く陰影をつけた程度。
だが、絵は先ほどよりもずっと見栄えのする仕上がりになる。
少なくとも、何らかの生物だということは分かようになった。

「どうかな」
「わ〜〜」
とたんに、ハーマイオニーは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう、ハリー」
笑顔になったハーマイオニーを見て、ハリーも微笑んだ。
そして、ロンのいる方へと顔を向ける。
「ロン、このこと先生には内緒に・・・」

作業を手伝ったことを口止めしようとしたハリーは、ロンの顔を見るなり言葉を止めてしまった。
ハリーの隣りで絵筆を握っていたロン。
その彼が、驚愕の表情でハリー達を見詰めていたからだ。
これほど驚いた顔のロンを見るのは初めてかもしれない。
だが、一体何に驚いているのか、ハリー、そしてハーマイオニーには見当がつかない。

「ハリー、何てことするんだよ!!!」
「え?」
口を開くなり、ロンは大きく叫ぶ。
「まだ早すぎるだろ!!学校だって卒業するのにあと何年もかかるのに!そんな!」
「は?」
「ハーマイオニーもハーマイオニーだよ!」
「わ、私がなによ?」
興奮気味のロンに、わけの分からないハリーとハーマイオニーの口からは疑問形の言葉しか出てこない。

「ちょっと待ってよ。何のことだよ、ロン」
「だから、プロポーズだよ!」
真っ赤な顔で張り叫ぶロン。
顔を見合わせたハリーとハーマイオニーは同時に言った。
「・・・はぁ?」

 

 

「プロポーズの言葉なの!?「一緒に絵を描こう」ってのが?」
「わーわー!!」
軽々しくその言葉を使うハリーを、ロンが慌てて制する。
「ま、マグルでは違うの?」
彼の頬はまだほんのりと赤い。

魔法使いの世界での常識。
「絵を描こう」という言葉。
そして、一緒に絵を描くという行為そのものが、想い人に結婚を申し込むことを意味しているらしい。
マグルの間で育ったハリーとハーマイオニーには、初耳のことだった。

「うちのパパがママにプロポーズしたときなんて、二人で2m以上もある絵を完成させたんだよ。うちの居間に飾ってあるけど」
「へー」
「知らなかったわ」
ハリー達はしみじみと呟く。
彼らにしてみれば、奇妙な風習だとしか思えない。
だが、ロンにはとても気恥ずかしいことらしい。
彼の慌てぶりを見れば分かる。

 

やがてロンの口上が終わり、絵の作業に戻ろうとした三人の耳に、女生徒達の声が聞こえてきた。
見ると、ハリー達と同じ授業を専攻している女子二人組み。
たぶん、彼女達は早々に絵を描き終えたのだろう。
彼らの居る廊下の先には、担当教員の控え室がある。
絵を提出すれば、そこでこの授業は終了だ。
廊下を横切った彼女達を視界に入れ、ロンは羨ましげな顔をしたが、ハーマイオニーはにんまりと意味深な笑みを浮かべた。

「ねぇ、ちょっと待って」
椅子から立ち上がったハーマイオニーは、急いで彼女達を追う。
「何だ?」
少しばかり行った場所で立ち話をしているハーマイオニーを、ロンは訝しげに見る。
ハリーも「分からない」というように首を振った。
ロン達が見守る中、ハーマイオニーは二人を伴って戻ってきた。
そして、彼女達はロンに近づき、思いがけないことを言い出した。

「ロン、一緒に絵、描きましょう」
「・・・・ええ!?」
唐突な展開に、ロンは目を白黒とさせた。
「私も」
棒を飲んだように硬直するロンに、もう一人の女子が言葉を続ける。
「ハーマイオニーに聞いたわ。時間内に絵が終わりそうにないですって?それで私達に手伝って欲しいって」

大きく目と口を開いたあと、事態を理解したロンはハーマイオニーを睨みつけた。
しかし、彼女達の後ろに立つハーマイオニーはどこ吹く風といった調子で、ロンから顔を背けている。
その表情は今にも笑い出しそうだ。
廊下を通った二人がマグル出身だったことに気付いたハーマイオニーが考えた、ちょっとした悪戯。
運良く、彼女達も「プロポーズ」の件について何も知らなかった。
よって、ハーマイオニーの嘘を素直に信じたようだ。
先ほど、自分の描いたクルックシャンクスを豚と評したロンへの、ハーマイオニーなりの軽い嫌がらせ。

 

「ぼ、僕、水を取り替えてくるよ!」
親切心から、しきりにまとわりついてくる彼女達に耐え切れなくなったロンは、絵の具と筆を置くとバケツを片手に廊下を走り出した。
顔を赤くしたまま。
あとに残された女子は不思議そうな顔をしてロンを見送る。
何とかその場を言い繕い、彼女達を教員の控え室へと向かわせた後、ハーマイオニーは腹を抱えて笑い出した。

「あははは。見た、ハリー?あのロンの慌てぶり」
「可哀相だよ」
言いながら、ハリーの顔も失笑を隠せない。
「私のクルックシャンクスに文句をつけたりするからよ!」
鼻息も荒く主張したハーマイオニーだったが、その勢いは見る間に消沈した。
ハーマイオニーは、小さなため息をついて椅子に腰掛ける。

「でもね、本当は分かってるのよ」
廊下の柱に立てかけてあった描きかけの絵を手に取る。
そこに描かれているのは、橙色のよく分からない生物。
「私って絵の才能ないわよね。単位もらえなかったらどうしよう・・・」
単位を落とす。
優等生のハーマイオニーにとって何よりも怖いことだ。
だが、あながち冗談とは思えない。

 

最悪の状況を想定し、すでに半泣きになっているハーマイオニーを横目に、ハリーは自分のスケッチブックを閉じた。
何だかんだと騒ぎがあったが、彼の絵はすでに完成している。

「手伝ってあげようか」
絵の具類を片付けながら、さらりと口にするハリー。
まるで、「今日はいい天気だね」というように。
一瞬、口をつぐんだハーマイオニーは、窺うようにしてハリーを見た。
だが、彼の顔にあまり感情らしいものは浮かんでいない。
「・・・それは、どっちの意味かしら?」
純粋に絵を描くのを手伝うという意味なのか。
それとも・・・。 

ハーマイオニーの問い掛けに、ハリーは目線を少しあげて考えるような動作をする。
「んー」
唸り声をあげたハリーだが、すぐにハーマイオニーに向き直った。
そして、にっこりと微笑んで言った。
「両方」


あとがき??
唐突に書きたくなりました。元ネタは竹本泉先生の『あおいちゃんパニック!』。(笑)
森村くんが好きだったのよ。作品的にも超面白い!

宇宙人(と地球人のハーフ)のあおいちゃんに、クラスメートの森村くんが「絵を手伝う」と言って大騒動になる話が元。
あおいちゃん達には「プロポーズ」の意味があるので。
好きなエピソードだったので、そのまんま使ってみました。
それにしても、竹本先生の世界は一度はまると病みつきになるね。
独特の世界と、長い年月が経っても全く変わらない絵柄。
中でも、『あおいちゃんパニック!』が一番好きなんだなぁ。

ちょっとはハリハーらしくなったかしら??
さて、ハーマイオニーの答えはどういうものだったのかな。(^▽^)


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