リハビリ病棟
「じゃあ、行ってくるから。ちゃんと寝てろよ」
「・・・うん」
心配げに声をかけるロンに、ハリーは小さく手を振った。
同部屋の生徒達は、次々にハリーに声をかけて扉へと向かう。
全員が部屋から出て行くと、ほどなくして授業の開始を告げる鐘が鳴り始めた。
しんとした部屋は、いつも以上の奥行きを感じさせる。
風邪をひき一人寝台に取り残されたハリーは、心細い気持ちで目を瞑った。マダム・ポンフリーに貰った薬がよく効いているようで、昨日までの高熱は嘘のように引いた。
だが、まだ身体がだるく、頭痛が続いている。
無理を言って寮に戻してもらったのだが、時期尚早だったのかもしれない。
それでも、医務室で横になっているよりは全然マシだった。
ここにいれば、医務室にいるときよりも、皆の顔が見られる。
そうすると、早く良くなろうという意欲が強く沸いてくるのだ。
今の自分は何と恵まれているのだろうと、ハリーはつくづく思う。
思い出される、憐れな過去の自分。
病に倒れても、暗い部屋に押し込まれ、看病してくれる人などいやしない。
死なない程度の僅かな食事の差し入れ。
愛情など、微塵も感じられない冷たいスープが、胸に染みた。
あの情況で命を存えたことは奇跡に近い。ダーズリー家での忌まわしき記憶は、今でもハリーの心を苛んでいる。
皆が寝静まる真夜中。
ハリーは飛び起きて自分のいる場所がどこなのか確認することが頻繁にあった。
そして、傍らで寝息を立てる同級生を見ては、涙が出そうになる。
悪夢から目覚めたことに、感謝して。夢の中。
本当の自分は、以前のように惨めな生活を送っている。
相談できる親友はいず、満足に食事もできず、外へも自由に出れず、何かと制約のつく環境。
どちらが夢で、現実なのか。
曖昧な境目。
眠りたくないと思っても、夜はやってきてしまう。
そうして、毎夜悪夢は繰り返されるのだ。
現実の世界が楽しくて、幸せであればあるほど、夢の世界は醜悪なものに変わっていく。
「ハリー」
ふいに名前を呼ばれ、ハリーは目を開けた。
眼前には、ハーマイオニーが不安げな表情でハリーの顔を覗き込んでいる。
「大丈夫?うなされてたみたいだけど」
「・・・うん、平気。うとうとしてただけだから」
眠るのは怖いから。
続く言葉を飲み込んで、ハリーは薄く微笑む。
だが、ハーマイオニーはまだ眉を寄せてハリーを見詰めている。
「でも、どうして君がここに?」
喉の炎症のために、ややかすれた声でハリーは訊ねた。男子寮は女子は立ち入り禁止のはずだ。
それに、今は授業中。
ハーマイオニーがここにいることが、すでに夢なのではないかと思える。
「ハリーのお見舞いに来たのよ。医務室なら会いに行けるけど、寮で寝てたらこうでもしないと会えないじゃない」
頬を膨らませるハーマイオニーに、ハリーはくすりと笑った。
「ごめん」
通常なら授業をさぼることなど考えられない優等生のハーマイオニーが、規則を破ってまで来てくれたことをハリーは嬉しく思った。
ベッドの傍らの椅子に座りながら、ハーマイオニーは静かに問い掛ける。
「眠れないの?」
「・・・寝付きが悪い方なんだ」
それから、二人の会話はぷっつりと途切れた。
不思議に思ったハリーが顔を向けると、ハーマイオニーは思案顔で頬に手を当てている。
そして、次にハリーを見たときには、自信に満ちた瞳が輝いていた。
「分かった!じゃあ、眠れるように良いおまじないをしてあげる」
ハリーがその意味を訊ねるよりも早く、ハーマイオニーは顔を近づける。
驚いて身を引こうとするハリーの頭を押さえ、ハーマイオニーはその額に素早く唇を落とした。目を見開き声も出ないハリーに、ハーマイオニーはにっこりと微笑む。
「おやすみなさいのキスよ。小さい頃ね、私が怖い夢を見て泣いてると、ママがこうしてなだめてくれたの。そうして、次に眠ると絶対に悪夢にならなかったのよ」
「・・・・」
「あとね、子守歌。歌ってあげるから、早く目を瞑って。眠らないと風邪は治らないんだから」いつもの強気な口調でまくし立てると、ハーマイオニーは有無を言わせず、ハリーに頭まで掛け布団をかける。
その上からポンポンと身体を優しく叩くと、次には、控えめな音程で歌い始めた。
誰かに気付かれないようにと囁くようなそれは、どこか懐かしい感じのする子守歌。
けして上手い、とは言えない歌だったが、心がぽかぽかと温まるようなメロディーだった。
記憶にはないが、赤ん坊のころに、母に歌って貰ったことがあったのかもしれない。
一見強引な彼女の行動。
しかし、ハリーは全く嫌な感じはしなかった。
最初は無理に寝かしつけようとされていたハリーだが、段々と自然な眠気が襲ってくる。
一定のリズムで添えられるハーマイオニーの手が心地良い。
今までに感じたことのない優しい空気が、そこにあった。「やっぱり、君にはかなわないな・・・」
眠りに落ちる寸前の呟きが、ハーマイオニーの耳に入ったのかどうか。
ハリーには分からないことだったが、今度の眠りが悪夢ではないことだけは確信があった。
ハリーが次に目覚めたとき、日はすでに傾いていた。
久々とも思える熟睡。
夢をみることもない、深い眠りだった。半身を起こして伸びをしていると、どやどやと騒がしい様子でグリフィンドールの生徒達が帰ってくる。
ロンはハリーの顔色がすっかり良くなっているのを見て、嬉しそうに笑った。
「よしよし。ちゃんと寝てたんだな」
腕を組み、偉そうに胸を張って言う。
苦笑するハリーに近づきながら、ロンはふと、窓際へと目を向ける。
「あれ、誰か来たの?」
出窓の近くに、ピンクのガーベラの入った花瓶が飾ってあった。
それは、朝にはなかったものだ。「ああ。僕もさっき気付いたんだけど・・・」
ハリーはちらりと横目で花瓶を見る。
「天使がお見舞いに来てくれたみたい」
「・・・はぁ?」
真顔で告げるハリーに、ロンはあんぐりと口を開ける。
まだ熱があるのかとハリーの額に手を添えようとしたロンに、ハリーはこぼれるような笑みを返した。
あとがき??
ハリポタはハリーの夢オチなのでは、というのが全面に出てきた話ですね。(笑)
ハリーにしつこく眠るように勧めていることから、ロンもハリーが夜に起きてることを知っていたのでしょうね。
それが風邪の治りを遅くしていることも。
この三人はセットでラブリーですわv
しかし、うちのハーは音痴らしいです。そして料理も下手・・・。
可愛くて勉強ができるうえに、その他もオールマイティーだったら、完璧すぎて嫌じゃないですか?
下手でも気持ちがこもっていれば通じるのですよ!ハリーのママ代わりのハーマイオニーでした。