いじめっこ
「えっ、テンゾウと映画?」
「そう」
あんみつを頬張ったサクラは、至福の微笑みを浮かべて頷く。
カカシの前には磯辺団子の皿が置かれていたが、サクラの話を聞いてすっかり食欲が失せた。
「『冬の童話』っていう純愛ものなの。木ノ葉シネマの前で2時に待ち合わせだから、これを食べたらすぐに行かないと」
壁際へと目をやると、時計は13時半を指している。
確かに、あんみつを食べ終えたサクラがその足で向かえば、10分前には到着出来るはずだ。「でも、何でテンゾウと映画に行くの。そんなに仲良かったっけ?」
「いのが急に行けなくなったのよ。チケットは時間指定でもう買っちゃったし。他に一緒に行ってくれる人がいなくて」
「俺は?暇なんだけど」
頬杖を付いたカカシが面白くなさそうに言うと、サクラはきょとんとした表情で聞き返した。
「先生、興味あるの?『冬の童話』って先生の好きなピンク映画じゃないんだけど」
「・・・・・・別に、俺はそっちの映画しか見ないわけじゃないよ」
「ええっ、そうなんだ!!!カカシ先生って、普通の映画も見るんだ!!」
初めて知った事実に、サクラはこれ以上ないほど目を見開いて驚いている。
この反応だけで、サクラが日頃カカシをどのように認識しているのかがよく分かるというものだ。「でも、ほら、先生っていつも忙しいし・・・。また何か任務が入っているかと思って」
「ふーん・・・・」
慌てて言い繕うサクラを半眼で眺めたカカシは、さも不満げな様子で茶をすすった。
暇でなければ、綱手の仕事の手伝いを終えたサクラを待ち伏せて、こうして甘味屋でくつろいでいたりしない。
結局は、サクラはカカシよりヤマトと映画を見たかったということなのだろう。
「キャアッ!!」
「えっ」
店員の短い悲鳴を聞いたサクラが顔を上げたとき、クリームあんみつとメロンソーダをのせた盆はすぐ間近に迫っていた。
器の割れる音が響いた瞬間、ざわついていた店内は静まりかえり、注目を浴びたサクラは頭の中が真っ白になる。
「も、申し訳ございません!!」
店員の謝罪を聞いて我に返ったサクラは、クリームあんみつとメロンソーダを頭からかぶった状況をようやく理解した。
元々短気なサクラは、頭に血が上っていくのをはっきりと自覚する。「ひどい!!どうしてくれるのよ!!!」
「あの、クリーニング代はこちらで持ちますので・・・・」
「そんなの当たり前よ!!!!こんなことされたの、生まれて初めてだわ!」
「まあまあ、サクラ。わざとじゃないんだしさぁ」
椅子から立ち上がるなり、店員に食ってかかるサクラをなだめるため、カカシは後ろから彼女を羽交い締めにする。
全てはカカシが店員の通る道にわざと足を出したせいなのだが、サクラがそうしたことを知るよしもない。「でも、黙っていられないわよ!!」
「サクラ、時間はいいの?」
カカシにまで怒鳴りちらしたサクラは、その言葉にハッとなる。
怒りのあまり忘れきっていたが、そろそろ店を出て待ち合わせ場所に向かわなければならない時間だ。
「クリーニング代はあとで請求するとしてさ、早く着替えないと」
「うん・・・」
「それと、今から帰って映画館に行くより俺の家に寄った方が早いよ。サクラがこの前うちに泊まったとき置いていった服、洗濯しておいたからさ」
おろおろとする店員とカカシの顔を見たあと、映画館の前で待つヤマトの姿を思い浮かべたサクラは、しかめ面のまま頷いた。
「・・・・・分かったわよ」
ソーダー水のべたべたした感触がいつまでも残っているようで、カカシの家の風呂を借りたサクラは念入りに頭を洗った。
大幅な遅刻だが、始まってすぐは30分の予告が入るため、走れば何とか本編の上映前に到着出来るはずだ。
あとはヤマトにはひたすら謝って許してもらうしかない。
「あれ?」
さっぱりとした顔で脱衣場に出てきたサクラは、バスタオルで髪を拭きながら首を傾げる。
カカシに手渡され、カゴの中に置いてあった着替えの服がなかった。
そればかりか、サクラが脱いだ汚れた服、下着類にいたるまで、装備していたあらゆる物が消えている。
「えっ、えええー、何で!?ちょ、ちょっと、カカシ先生、私の服どこにやったのよ」
裸のまま飛び出すわけにいかず、タオルを巻いて歩き回ったサクラだったが家の中がやけに静かだ。
「カカシ先生?」『急な任務が入ったので、出かけます』
テーブルの置き手紙を見たサクラは、唖然として暫く声を出せなかった。
「で、出かけるのはいいけど・・・・、服は?」
その後、サクラは目に付いた戸棚を全て開けて調べたが、彼女の荷物は何一つ見つからない。
仕方なくカカシの箪笥から無断でシャツを拝借したものの、サイズがまるで違い、鏡を見ると目を覆いたくなるほど不格好な姿だ。
「あっ、そうだ!ヤマト隊長」
今となっては映画にはとても間に合わないが、行けないということを伝える必要があった。
「電話、電話」
ヤマトの携帯電話に連絡を入れるため、部屋に備え付けられた受話器を耳に当てると、果てしなく無音の世界が広がっている。
「・・・・・・・・何、これ」
どのボタンを押しても何の反応もなかった。
回線が見事に切れている。「もーーーーー、どうすればいいってのよーー」
全ての道を立たれ、へなへなとその場に座り込んだサクラは、受話器を放り出して途方に暮れた。
カカシの服を纏ったまま下着も付けずに外を歩く勇気はなく、術を使ったとしても何かの拍子に緊張の糸が途切れ、変化が解ければ非情に恥ずかしい思いをすることになる。
これはサクラを外出させないための、悪質な嫌がらせ以外の何ものでもない。
「カカシ先生の馬鹿ーーーーーー!!」
怒り狂ったサクラは鬼のような形相でカカシを待ったが、彼が帰宅したのは深夜の0時を過ぎた頃だった。
しかも、シャツを着たサクラを見たカカシの第一声は「随分と悩ましい格好だね〜」という気楽もので、サクラは危うく発狂しそうになる。
彼のせいで閉じこめられたというのに、全く反省の色がない。
装備を外しながら家の中を歩くカカシに、サクラは不満を言うために付いて回った。
「ヤマト隊長にひどいことしちゃったじゃないの!!」
「あー、いーんだよ、あいつは。後輩だし」
「意味、分かんないわよ!!それより電話、何で繋がらないの?」
「電話料金払うの忘れて、止められているんだ」
出掛けに電線を故意に切ったカカシは、心の中で舌を出して答える。
彼にすれば、サクラに手を出す輩は全員抹殺すべき敵なのだから、後輩のよしみで命を取らないだけでも感謝してもらいたい。「私の服はどこに隠したの?」
「あれ、なかった?おかしいなぁ〜」
わざとらしくきょろきょろと見回したカカシは、サクラの視線が逸れた隙を見て、彼女の体を後ろから抱き寄せた。
「先生!?」
「朝になったら探せばいいって。せっかく裸にシャツ一枚でスタンバイしていたんだから、いいことしようよ」
「ギャーーー!!」
シャツの上から体をまさぐられ、サクラは近所迷惑を顧みず元気な悲鳴をあげる。
「せ、先生のためにこの格好で待ってたわけじゃないわよ!離して!!」
「言うこと聞かないと、一生ここから出してあげない」
カカシの腕の中で暴れていたサクラは、耳元で囁かれた声に、顔を強ばらせた。
「監禁生活、続けたい?俺はそっちの方が嬉しいけど」
「・・・・・」
背後を窺うと、カカシは微笑んで喋っているはずなのに、妙な威圧感がある。
冗談なのだろうが、カカシならば本当に実行しそうな気がして、サクラの体から抵抗する力はなくなっていた。
「そういうわけなんです。本当にごめんなさい!」
翌日、カカシの家に泊まったことを省いて事情を説明したサクラは、ヤマトに頭を下げて謝罪する。
今、二人がいるカフェの代金もお詫びのために自分で支払うつもりだ。
「いや、いいよ。俺も何か事情があるって思ってたし。事故にあったわけじゃなくて良かった」
「ヤマト隊長・・・」
ヤマトの優しい気遣いに瞳を潤ませたサクラだったが、彼の方はようやく先程から感じる殺気に合点がいった。
一体カカシは店内のどこにいるのか、首を巡らせると丁度サクラの注文したケーキと紅茶が運ばれてくる。「お待たせしました」
「わーー、美味しそうーーー!!」
とたんにはしゃいだ声を出したサクラは、生クリームをふんだんに使ったケーキを見つめて瞳を輝かせた。
満面の笑みを浮かべてケーキをぱくつくサクラの姿に、ヤマトは思わず頬を緩ませる。
彼女とこれ以上親しい関係になれないかと思うと、非情にもったいない。
カカシの殺意を回避しつつサクラと付き合うか、すっぱりと諦めるか、ヤマトにとって何とも難しい問題だ。
「ちゃんと埋め合わせはします。今度、一緒にネズミーランドに行きませんか?」
「うん」
反射的に頷いてしまったヤマトは、強まった殺気に冷や汗をかいたが、サクラの微笑みは恐怖に打ち勝つだけの威力があった。
「でも、カカシ先生ってば子供っぽい嫌がらせして。一体、何なのかしら・・・・」
ケーキを一口食べたサクラの何気ない呟きに、ヤマトは紅茶をこぼしかけた。
「サクラ、気づいていないのか!?」
「えっ、何がですか?」
「えーと・・・・」
店内のどこかにいると思われるカカシの気配、いや、それ以前にサクラに向けられるカカシの好意だろうか。
利発な少女だと思っていたが、サクラは恋愛面に関しては極端に鈍いところがあるようだ。
「アカデミーの頃、好きな女の子をわざといじめるガキ大将とか、いなかった?」
「あー、いました、いました。かまって欲しくて嫌がらせするのよね。逆効果なのに」
くすくすと笑ったサクラは、すぐに真顔に戻ってヤマトの瞳を見つめ返す。
「で、それとカカシ先生と、どんな関係が?」
「・・・・・さあ」
サクラの素朴な疑問に、ヤマトは苦笑で応えるしかない。
カカシ先輩も苦労しているようだと、恋敵に対して少しばかり同情してしまうヤマトだった。
あとがき??
リクエストは、仲良しなヤマトさんとサクラ、そして嫉妬するカカシ先生、でした。
リクエストを頂いたのは10月・・・・・・・今は1月。
長々とお待たせして、申し訳ございませでした!!!
カカシ先生とサクラはあらゆる意味で仲良しなんですが、まだ恋人同士ではないようです。
頑張れ、ヤマト隊長!
もっとヤマサクっぽくてカカシ先生が可哀相な話を長々と書いていたんですが、完成できなかった。やはり私は先生贔屓のようです。しまりすこ様、533533HIT、リクエスト有り難うございました!