アレ(笑)

彼女の恋人 U


夕方になり、突然振り出した雨に難儀したサクラが避難場所として選んだのは、雨宿りした軒下から一番近いナルトの家だった。
チャイムを鳴らすと、運良く家にいたナルトはすぐに扉を開いた。
ずぶ濡れのサクラを見て、ナルトは大慌てで洗面所に駆け込むと、戸棚から取り出してきたタオルを片手に玄関に戻ってきた。

「ごめんね、突然来たりして。すぐに帰るから傘貸してくれる?」
タオルを受け取りながら申し訳なさそうに話すサクラに、ナルトは首を振りながら答える。
「全然平気だし、傘も貸してあげるけど・・・」
ナルトは一旦言葉を切ると、耳をすます。
建物に打ち付けるようにして降る雨が激しく音を立てている。
「もう少しやむまでここにいれば」
心配そうに言うナルトに、サクラは思案顔で考え込む。
ナルトの家まで2分程度外を走ったが、それだけですでに下着まで濡れる勢いの雨だ。
たぶん、傘をさしたところで、あまり効果はないだろう。
「じゃあ、ちょっとだけ寄らしてもらおうかな」
サクラを招き入れたナルトは、悪天候に少しだけ感謝して嬉しそうに笑った。

 

「本当に助かったわ。シャワーまで借りちゃって、悪かったわね」
髪を拭きながらリビングルームにやってきたサクラは椅子に座ってTVを見ているナルトの隣りに腰掛ける。
「あんたの服、ぴったりよ」
サクラはにっこりと微笑んでナルトを見た。
サクラの装いはナルトの普段着を借りて、Tシャツに膝までの短パン姿。
それまで着ていた服は洗面所に干させてもらっている。
もともと身長差がない二人なだけに、ナルトの服はサクラにも丁度良い大きさだった。

TV画面はあるお笑いコンビの漫才トークを映している。
「この二人、面白いわよねー」
サクラは楽しげに笑ったが、ナルトはそれどころではない。
髪をアップにし、風呂あがりで上気した顔のサクラはいつもと違った、どこか艶めいた雰囲気を醸し出している。
しかも、二人きり。
ナルトは喉がからからに乾くほどの緊張を強いられていた。

時刻を遡ること数十分前。
サクラがナルトの家にあがりこみ、暫らく時間が経過しても雨のやむ気配は全くなかった。
むしろ、雨脚は強まっている。
どうやら台風が接近していたらしく、今夜はこのまま豪雨が続くと天気予報が警戒を住人に促している。
「これは、しょうがないわよね」
サクラは予報が終わると同時にため息まじりに呟いた。
「今夜、ここに泊めてくれる?」
仰天しつつも、ナルトが二つ返事で頷いたのは言うまでもない。
宿泊が決定すると、サクラは濡れた身体を温めるためにバスルームへと直行した。
ナルトがバスタオルや着替えの服をいそいそと用意する。

「実家に帰るって言っておいたから、大丈夫よねぇ・・・」
バスルームにて小さく呟かれたサクラの言葉は、もちろんナルトの耳には届いていなかった。

 

お笑い番組は終了し、時計の針はすでに12時を回った。
そして、ナルトの緊張の度合いも強くなる。
半ば硬直しているナルトとは対照的に、欠伸を一つしたあと、TVのスイッチを切ったサクラはあっさりと言った。
「明日は任務入ってるし、そろそろ寝ようか」
「え、ど、ど、どこで」
どもりつつサクラを振り返るナルトに、彼女は首を傾げる。
「ベッドは一つしかないじゃない」

ぐっすりと熟睡するサクラの寝顔を眺めつつ、ナルトはどぎまぎしている自分が馬鹿らしくなってきた。
ベッドに入るなり、サクラはあっという間に寝入ってしまったのだ。
サクラはナルトを弟のようにしか思っていない。
十分わかっているとはいえ、ナルトはちょっとは期待していた自分を情けなく思う。
サクラを見詰めたまま、小さく呟く。

「俺がもっともっと強くなったら、君は振り向いてくれる?」
ナルトは答えのない問い掛けをサクラに投げかける。
もちろんサクラから返答はない。
だけれど、ナルトにはサクラが薄く微笑んだように見えた。

段々と眠気が訪れ、ナルトは無意識のうちにサクラのいる方へと身を寄せた。
あったかくて、いい匂いがする。
今一番サクラの身近にいるのが自分なのだと思うと、それだけで世界一の幸せものに思える。
いつか君を独り占めできるようになればいいのにな。
そんなことを考えながら、雨音を子守唄に、やがてナルトも眠りにつく。
サクラと共に過ごす、明るい未来の夢を見ながら。

 

翌朝、ナルトは珍しく目覚し時計より早く目が覚めることができた。
瞼を開けると、間近にサクラの寝顔。
ナルトは心臓が壊れると思うくらい驚いたが、すぐに昨夜のことを思い出し、ゆっくりとベッドから這い出る。
サクラを起こさないように。

「何か、夢みたいだってばよ」
歯を磨き終えたナルトはうがいをしつつ窓の外を見る。
昨日の雨はどこにいったのか、快晴だ。
任務の集合時間にはまだ余裕がある。
この前のお礼に、今度は自分が朝食を用意しようと思いナルトがキッチンに向かおうとすると、チャイムが鳴った。

こんな早朝に誰だろう。
ナルトは訝りながらも玄関に来訪者を迎えに行く。
そして、扉を開ける直前というところまで来て、非常に嫌な予感に立ち止まった。
野生の勘というものだろうか。
似たようなことを経験した気がする。

ナルトは恐る恐る、少しだけ扉を開けた。
「よっ」
予想通りの人物が片手をあげてナルトに挨拶した。
目が合うと同時に、ナルトは間髪入れずに扉を閉める。
鍵付きで。
「・・・お前、前回以上に分かりやすい反応だな。それじゃ白状してるようなもんだぞ」
背筋の凍るような冷たい声に、ナルトは身震いした。
「知らない。俺、知らないってばよ。ここには誰もいないよ」
「へぇ」
震える声を出すナルトに、扉の前にいる人物は全くその場を立ち去る気配はない。
彼は、にこやかな笑顔で言った。
「なら、俺があがりこんでも何の問題もないな」

周囲に響く爆発音に、サクラも寝ぼけ眼で飛び起きる。
「え、な、何、今の音!?」
きょろきょろと周りを見回したあと、サクラは視界に入った見慣れた顔に挨拶をする。
「あ、カカシ先生、おはよー」
笑顔で手を振ったサクラは、カカシの隣りでひきつった顔をしているナルトを見た瞬間、事態に気付いた。
のんきに挨拶をしている場合ではなかったのだと。
凄まじい音の正体は、鍵をかけた扉をカカシが破壊したときの音だった。

 

「せっかく迎えに行ったってのに、サクラは自宅に帰った様子がないんだもんなぁ」
「あのね、嘘ついたわけじゃないのよ。本当に家に帰ろうと思ったんだけど、ほら、昨日雨ふったじゃない」
「・・・ふったな」
「それでナルトの家に雨宿りしたんだけど、全然やまなくて」
「・・・やまなかったな」
「でしょ、不可抗力なのよ」
短い会話のあと、サクラはアハハッと誤魔化すような笑いを浮かべる。
だが、カカシの眼は据わったままだ。
キッチンの椅子にカカシとサクラは差し向かいに座り、ナルトは二人から少し離れたところで成り行きを見守っている。

「で、ナルトと一緒に同じベッドで寝ちゃったりするわけ」
「私とナルトじゃ何かあるわけないじゃないのよ。ね、ナルト!」
サクラは背後にいるナルトに笑顔で問い掛ける。
急に話をふられたナルトはいささかうろたえながらサクラを見た。
「え、そ、そうだよね」
「・・・・何で動揺してるんだお前は」
真っ赤な顔のナルトにカカシは厳しい視線を向ける。
そして、妙に寂しげな声で呟いた。
「せっかく前に忠告してやったってのなぁ」
立ち上がったカカシに、ナルトの顔面は蒼白になる。
殺気のこもった目で見据えられたのはつい先日のことだ。
今度こそ駄目かもしれない。
たじろいだ姿勢のまま身動きが取れなくなったナルトだったが、幸い彼に危害が及ぶようなことにはならなかった。

「もー、カカシ先生」
サクラは空気を和ませるためにわざと場違いな明るい声を出す。
そして、やんわりと言い放った。
「帰ったらアレ、やってあげるから物騒な考えはやめて」
サクラの言葉に、ナルトに向かい動こうとしていたカカシの身体がぴたりと止まる。
沈黙。
さらに沈黙。
カカシはゆっくりとサクラを振り返る。
顔は、満面の笑顔だ。
「・・・本当?」
先ほどまでの剣呑な表情はどこへやら、その声はカカシの高揚した気持ちを的確に表現してた。
「本当、本当。だからナルトのことは放っておいて、帰るわよ」
「分かった」
にこにこ顔で返事をするカカシを、サクラの方はため息まじりで見遣った。
アレ、というのはあまりサクラにとって喜ばしくないことのようだ。
「ナルト、騒がせてごめんね。扉の修理代はあとでちゃんと払うから」
サクラはナルトに謝罪すると、干してあった服に着替えて帰っていった。

 

壊れた扉の前で、遠ざかっていくカカシ達の後ろ姿を眺めながらナルトは呆然と呟く。
「・・・アレ、って一体何だってばよ」
たった一言でカカシを豹変させた言葉。
カカシとサクラが並んで帰ること以上に、気になることだ。
新たな疑問に頭をかかえて座り込んだナルトは、暫らくその場から動かず苦悶していた。


あとがき??
第2回駄文投票ランキング2位『彼女の恋人』の続き。
カカシ先生の登場の仕方ってば、まるで電波少年のT部長。(^▽^;)
やっぱり二人は一緒に暮らしているんですかね。
楽しかったですわ。サスケも交えてシリーズ化したりして。(笑)

えーと、アレはアレです。カカシ先生が喜ぶことです。
ご自由にご想像ください。(笑)
そんな曖昧なのは許せんーって方は、一応可能性の一つをこの部屋のどこかに置いておきました。
かなり蛇足。短い。読まなくても良いです。本当。エ、エロっぽい。(汗)

『彼女の恋人』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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