天然媚薬少女 U


「え、じゃあここにある薬品の材料買うのにお金全部使っちゃってるんですか」
「そう。これ一瓶が私の給料三ヶ月ぶんです」
10cmほどしかない小瓶をハヤテはいとおしげに手に取る。
「体が弱いから薬手放せないんですよ。で、自ら薬を研究していろいろ調合してる間に熱中しちゃって、今ではどんな薬だろうと作れる自信ありますよ」
ハヤテは誇らしげに言った。
だが、サクラはにわかに信じがたいといった顔をしている。

「例えば、ここにある薬って何なんですか」
サクラは自分の座る椅子のすぐ右隣に陳列されている瓶を見ながら言った。
「右から頭痛、歯痛、腹痛」
ハヤテは並ぶ薬瓶を順に指差しながら解説する。
「珍しいものでは頭の回転を10倍速くする薬とか、身体の動きを10倍速くする薬があります」
「へぇ」
「そして、これは最近開発に成功した薬なんですけど」
言いながらハヤテは棚の奥に隠すように置かれていた小瓶を取り出した。
ピンク色の、液体。

「惚れ薬なんです。いわゆる媚薬。これを飲むと最初に見た動くものに恋をしちゃうんですよ」
「綺麗な色ですね。なんだか美味しそう・・・」
サクラはさらりと受け流した後、少し間を開けて唐突に甲高い声をあげた。
「って、ええーー!!!惚れ薬!!?」
サクラの過剰な反応にハヤテは目を瞬かせながら頷いた。
「そうです、けど。何か?」

これがあれば、サスケくんのハートをGETできるかも。
ピンクの液体に釘付けになったサクラは、薬瓶を見詰めたままごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、あの。これおいくらくらいするんですか」
サクラの質問に、ハヤテは即答した。
その答えに、サクラは腰を抜かさんばかりに驚く。
それはサクラが身を粉に働いても、ためるのに10年はかかるであろう金額だった。
確かに、そのような薬が簡単に手に入るのなら誰も苦労しない。

急にしょんぼりと肩を落としたサクラに、ハヤテが救いの手を差し伸べた。
「よろしければ、差し上げますよ」
有り難い申し出に、サクラは大きな動作で手を振りながら答える。
「でも、そんな、高価なもの頂けません」
「いいんですよ。薬を作るのは楽しいけど、出来てしまえば興味ありませんから。食事をごちそうしてもらったお礼です」
遠慮するサクラにハヤテは惚れ薬の入った薬瓶を押し付ける。
サクラはおずおずとその瓶を受け取ったかと思うと、暫し考え込んだ。

「じゃあ、お礼に今度ここに料理作りに来ます。ハヤテさんも食費が浮くし、良いですよね」
「お礼のお礼ですか」
義理堅い子だとハヤテは感心したように言った。
「駄目ですか」
上目使いに自分を見るサクラに、ハヤテは笑いながら答える。
「願ってもないことですよ」
これで商談は成立した。

サクラは自分の物となったピンク色の液体を期待に満ち溢れた瞳で見詰めた。
ようやく積年の想いを成就できるのかと思うと、嬉しくてしかたがない。
その様をじっと見ていたハヤテは小さくもらした。
「・・・いいなぁ」
「え?」
サクラが反応して顔を上げる。
聞きとがめられたことに驚きつつも、さして慌てずハヤテはかぶりを振って答えた。
「いえ。何でもないですよ」

そして、サクラは暗くなる前に自宅へと帰っていった。

 

「きらきら光る碧玉の瞳。今回はコレクションしそこねてしまいました」

サクラがいなくなるとハヤテは隠し戸棚のある部屋へと向かった。
そこにはホルマリン漬けにされた数々の臓器が収められている。
内訳は、人間のものや、それ以外の動物のものと様々。

「あの試薬品を受け取らなかったら、全部頂いちゃおうと思っていたんですけど」
ハヤテはサクラのために用意してあった空瓶をもとの場所へと移動させる。
中忍選抜試験で初めて見たときから、ずっと欲しいと思った、緑の目。
ようやく巡ってきた今回の機会。
この日ハヤテがサクラの前で倒れたのはわざとだ。

そしてサクラに渡した薬は、実は試薬品。
サクラがもしあの薬に興味を示さなければ、ハヤテはこの部屋から彼女を出すつもりはなかった。
だが、サクラがあの薬を使用してくれれば、自分の手を煩わすことなく効果のほどを実証できる。
カフェでサクラが呟いた「サスケくんとお茶」の言葉を聞いていたハヤテは、サクラが飛びつくことをもちろん予想して薬を差し出したのだが。
「でも、ちょっと残念、かな」
ハヤテはくすりと笑うと、新たな獲物を待つ空のガラス瓶を撫でた。
楽しげに微笑む彼の姿を知っているのは、四方に置かれたホルマリン漬けの臓器だけ。

 

 

しかし、ハヤテの思惑は見事に裏切られる結果となる。

薬を渡して一日と経たないうちに、サクラがハヤテに小瓶を返しに来たのだ。
「ごめんなさい。やっぱりこれ返します」
サクラは申し訳なさそうに薬の瓶をハヤテに差し出す。
暫しサクラの手元の薬瓶を眺めたハヤテは、訝りながら訊いた。
「どうしてですか」
「・・・違うと思うんです。薬で人の心を手に入れるなんて。ちょっとでも迷った私が馬鹿でした」
サクラは再び薬瓶をハヤテの前に進める。

予想外の展開に、ハヤテは舌打ちしたい気持ちを抑えながら薬瓶を受け取った。
計画がパァになってしまった。
ハヤテは気落ちした表情でサクラに突っ返された薬瓶を握る。

苦労してようやく調合できた劇薬。
サクラには惚れ薬だと偽ったそれは、どんな動物だろうと一口で昇天できる猛毒だった。
想い人の死による絶望で、悲嘆にくれる濡れた翡翠が見たかったのに。
心底がっかりした様子のハヤテに勘違いしたサクラは、励ますように声をかける。

 

「大丈夫ですよ。薬はお返ししますけど、約束どおりハヤテさんのところに食事作りに来ますから」
思いがけない言葉に、ハヤテは驚いたようにサクラを見る。
「ハヤテさんが不健康なのは絶対に栄養を取ってないからですよ。薬よりもまずしっかり食事を取らないと。私、野菜沢山買ってきましたから」
サクラは、ほらっというようにして手提げ鞄を広げて中身を見せた。
そこにぎっしりと詰め込まれている野菜は、どう見ても4、5人分ほどの量だ。

「ちょっと買いすぎちゃったんですけど。私、よく失敗するし」
無言のハヤテに何を思ったのか、サクラは慌てて捲し立てた。
「し、失敗するっていっても、最近練習したから、味はそんなに不味くないと思うんです。あの、私の料理なんかじゃ全然効き目ないと思うんですけど、でも食べないよりはましだと思うし、だから」
しどろもどろで続けるサクラの頭に、温かい手の平の感触。
サクラはようやく口を閉じて目線を上げる。
窺うようにして見ると、ハヤテがサクラに優しい笑みを向けていた。
「十分癒されてますよ」

その言葉は事実だ。
サクラといると、ハヤテは不思議と気分か明るくなる。
年中咳き込んでいる自分のことを薄気味悪いと卑下する者はいても、心配してくれた人間は皆無だったかもしれない。
胸に湧き上がる温かい気持ち。
これが嬉しいという感情なのかと思いつつ、ハヤテはサクラの頭を撫でた。
「君は優しい人ですね」
その笑顔に、サクラは目を見開いて驚いた。
最初に見た陰気な笑いと全く正反対の、朗らかな笑みだったから。
このような顔も出来たのかと、つい見とれてしまった。

「あれ、どうかしましたか?」
呆けたように自分を見詰めるサクラに、ハヤテが問い掛ける。
サクラは真っ赤な顔で首を振った。
「え、いえ。何でもないです」
早まる鼓動に、動揺を隠せない。
意外な一面を見せたハヤテに、サクラの心は何故か浮き立っている。

一方、ハヤテもサクラ同様戸惑う気持ちを抱えていた。
数日前まではサクラを実験体にしようとしか思っていなかったハヤテだが、今では生きて動いている生身のサクラを手に入れたいをいう思いに変わっている。
確かにサクラに媚薬は必要なかったのだと、ハヤテは納得した。
サクラはすでに、天然の媚薬を持ち得ている。
いつでも一生懸命なサクラ。
その一途な瞳で見詰められて、嫌な思いをする男がいるはずがない。
かくいう自分もその一人だ。

 

「サクラさんの料理、楽しみにしてますよ」
人を欺くことに慣れきっているハヤテは、この時久々とも思える本音を口にした。
サクラはその言葉に明るい笑顔を浮かべる。
ハヤテの生活に、かつてない程の穏やかな日常が訪れつつあった。


あとがき??
何で私こんなラブラブなハヤサク書いているんだ??ゲフッ。(吐血)
自分的にかなりのダメージだったので、もうハヤサクは書きません。
だって、私ってばカカサク人間。(泣)
ハヤテとカカシ先生ってキャラかぶってるし。(私の中で)
ちょっとカカサクなおまけ話をつけてみたり。お暇な方だけどうぞ。
ここ

ハヤテさん不健康そうなので、勝手に薬好き=ドクタージザベル系のキャラにしてしまいました。済みません。


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