花泥棒


ハーマイオニーの首席の座からの転落。
ハリーはその情報にロンほどに驚かなかった。
本当は、ロンよりも早くに、彼女の異変に気付いていたから。
こんなことになるんじゃないかとは、予想していた。
誰にも言わなかったけれど。

 

「もしかしてハーマイオニーのこと、好きなの?」

しきりにハーマイオニーの名前を出すロンに閉口したハリーは、出し抜けに訊ねる。
ロンからは無言の返事。
ハリーは訝ったが、何のことは無い。
驚いて声が詰まってしまっただけ。
「ななな、何言ってるんだよ!!僕達は、と、友達だろ!」
「・・・そうだね」

猛烈な勢いで否定するロンに、ハリーは何だか可笑しくなって笑ってしまった。
ロンは全く、子供だ。
自分の気持ちを認めることが出来ないなんて。
でも、だからこそロンといるのは楽しい。
純粋で、心根の優しい、大切な友達。
ハリーにとって、彼は自分に無いものを全て持った、憧れともいえる存在だった。

 

 

その日の夜。

 

ハリーは父の形見の“透明マント“を片手に寮から抜け出した。
合図は昼間のうちにしてある。
ロンからの伝言を伝えるためにも、丁度いい。

深夜とよべる時刻に、廊下を歩く人影は全くない。
見回りの者に気付かれないよう、ハリーは慎重に歩を進めた。
目的の場所は、寮から遠く離れた場所にある。
著しく校則を破った生徒が反省のために入れられる、懲罰室。
昼間でも生徒のよりつかないその場所が、ハリーの向かう先だ。

蝶番の壊れた、古びた扉。
ハリーが軽く押すと、いかめしい音と共に、扉はゆっくりと開いた。
僅かな隙間から、ハリーは素早く中に入り、扉を閉める。
そうして、室内からは先客の気配。

 

「・・・ハリー?」

弱々しい声音。
僅かな灯りが、彼女の不安げな表情を照らしている。
「お待たせ」
ハリーは手元の明かりを顔に近づけ、彼女に自分の顔が確認できるようにした。
彼女がホッと息をつくのが分かる。

「ロンが心配してた。君の成績が落ちたのは、何か悩み事があるんじゃないかって」
彼女に近づきながら、ハリーは小さく声を出す。
緑の瞳に見据えられ、彼女は眉をひそめた。
「・・・ハリーがいけないのよ」
「僕?」
「ハリーがあんなことするから、私の頭の中、ハリーでいっぱいになっちゃって、他のことなんて、全然頭に入らなくて」
「あんなことってのは・・・」
彼女のすぐ眼前までやってくると、ハリーは彼女の手を引いてその身体を引き寄せた。
「こういうことかな」

僅かに抵抗をみせる彼女の頬にキスし、その耳元に囁きかける。
「僕のこと、嫌いじゃないよね」
「昼間のハリーは好き。夜のハリーは・・・」
一旦言葉を切り、彼女はハリーから身を引いた。
至近距離で見詰め合う。
「嫌い」

彼女の答えに、ハリーは傷ついた顔ひとつ見せず、相好を崩した。
「でも、君は毎日ここに来るじゃないか」
「・・・・」
暗がりで分からないが、言葉に詰まった彼女の頬は赤く染まっていることだろう。
ハリーは多少強引に彼女に口づけた。
身長差のあまりない二人。
全く丁度良い高さに彼女の顔がある。
軽く唇を吸うと、彼女の身体から力が抜けたのを感じた。

 

「・・・明日は朝から勉強会だって、ロンが伝えておいて欲しいって言ってた」

熱い吐息が絡まる中、ハリーは思い出したように呟く。
服を脱ぐ時間も厭わしいほどの、睦み合い。
彼女の耳にはすでに届いていないかもしれないと、ハリーは思った。

 

 

 

翌朝。

ハリーはロンによって叩き起こされた。

「勉強会をやるっていっただろ?」
寝ぼけ眼のハリーを前に、ロンは腕組みをして厳しく言う。
「あれって、僕もだったの?君とハーマイオニーだけじゃなくて」
「当たり前じゃないか」
当然のように言うロンを、ハリーは眠そうに目元をこすって見上げる。
「分かった。後から行くから・・・」
ロンの視線に、無理やりにベッドから半身を起こした。

何しろ、朝方この部屋に戻ってきて、眠りについたばかりだったのだ。
調子にのって遊びすぎたか、とハリーは反省気味に頭をかく。
身体も、幾分だるい。
そして自分がこうだということは、相手も同じ状況ということ。

「ハーマイオニー、来るかな・・・」
ハリーの考えに先んじて、ロンが小さく呟いた。
「え?」
寝室から出ようとしていたロンは、ハリーを振り返り、思い切ったように言った。
「君が言ったとおりみたいだ。僕、ハーマイオニーのこと、好きみたい」
「・・・そう」
「誰にも言うなよ」
ウインクを一つして、照れ隠しのためかロンは駆け足で去っていく。
ハリーは欠伸を一つしたあと、再びごろりとベッドに横になった。
そして、半分眠ったような声を出す。
「もう、皆知ってると思うけど・・・」

 

ハーマイオニーのことを好きだと認めたロン。
好きって、どういうことなのだろう。
昨夜、正確には今朝だが、彼女の言った言葉がハリーの頭に思い出される。

「ハリーはどうなの?」
「え、何」
傍らで横になる彼女に、ハリーは訊き返す。
「ハリーは私のこと、好き?」
彼女は、真剣な瞳でハリーを見詰めてきた。
たぶん、ハリーが彼女に訊ねた質問を、彼女が再び繰り返しているのだ。

ハリーは一度も彼女にそうした言葉を言っていないことに気付いた。
もしかして、彼女の成績不振の原因は、このことだったのだろうかと思い当たる。
彼女の成績がこのまま落ち込むことはハリーの本意ではなかった。
そしてドラコ・マルフォイの喜ぶ顔も、もう絶対に見たくない。

「好きだよ」

言葉と同時に、ハリーはにっこりと彼女に笑いかける。
満面の笑みを浮かべて首筋に抱きついてくる彼女を受け止めながら、ハリーは無表情に天井を見あげた。
こんな言葉くらい、簡単に言える。
口から出る言葉が、全て真実とは限らないのに。
博識なのに、心がまだ子供の彼女には、そのようなことは分からない。
好き呼ぶことができるのか分からないが、ハリーは彼女のそうした幼さは好ましいと思っていた。

彼女の頭をやさしく撫でながら窓に目を向けると、すでに太陽が白白と辺りを照らし始めている。
そして、闇が隠してくれない分、朝は誰かに見咎められる可能性が強い。
慌しく服を纏うと、二人はハリーが持参した“透明マント”を使い、グリフィンドールの寮まで足早に戻った。

 

思い返している間に、ハリーは再びまどろみ始めた自分を感じる。
「・・・そろそろ起きないと、またロンが起こしに来るかな」
ハリーはベッドの中で身じろぎすると、何とか身体の機能を正常に動かそうと伸びを繰り返した。

 

 

その頃階下では。

談話室でロンが教科書を広げ、ハーマイオニーは忘れ物を取りに女子寮への階段を上ろうとしていた。
「・・・起きれなくて当然よね。私だって寝てたいわよ」
険のある声。
ハーマイオニーの口からもれた言葉は、ロンに聞かれることなく霧散する。
彼女と入れ違うようにして、ジニーが後ろを振り返りつつ談話室にやってきた。

「ジニー?」
部屋をきょろきょろと見回すジニーを、ロンが不思議そうに見る。
「ここにハリー、いた?」
「いや。僕とハーマイオニーしかいなかったよ。そこですれ違っただろ」
「そう・・・」
来て早々にハリーの名前を出したジニーに、ロンは笑いながら彼女をからかった。
「お前は相変わらずハリー、ハリーだな」
ジニーはキッとロンを睨みつける。
「何よ。ロンだって、いつだってハーマイオニーでしょ」

ロンをやり込める言葉を言いながら、ジニーは頭の中では別のことを考えていた。
ハリーがいたのか、とロンに訊ねた理由。
ハリーの臭いがした気がしたから。
談話室から来たハーマイオニーと階段で接触した瞬間に。
でも、部屋にハリーはいなかった。
このことを、どう説明すればいいのか。

 

「やぁ。おはよう」

唐突に背後からかけられた声に、ジニーは驚いて身を震わせる。
見ると、ハリーがにこやかな笑顔をジニーに向けて立っていた。
数冊の教科書を片手に。
「遅いぞー、ハリー」
遠くから、ロンが声をかける。

「ん、どうかした?」
自分の進路をふさぐようにして立つジニーに、ハリーは問い掛ける。
いつもと変わらぬ笑顔を見せるハリーに、ジニーは無理やりに微笑んだ。
心に影を落とした不安を、隠すようにして。


あとがき??
非常に楽しかったです。(笑)
ハリハー(ハーハリ)一作目がこれか。うーん。問題あり。
こうした話はもう書かない、かな。

ハリー、ロンに対する罪悪感とかは全くないですね。
今のところ、ハリーのハーに対する興味は、単に異性であるということのみですから。
ハーがロンのことが好きと言ったら、あっさりと彼女を手放してしまう程度のもの。
ハー以外の女子が自分に好意を持って近づいてきても、彼は同じようなことをするでしょうねぇ。
危うし、ジニー。(笑)


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