初恋クレイジー
その日、ホグワーツ魔法学校ではちょっとした事件があった。
ハリーのいる学年で、万年主席の座に輝いていたハーマイオニー。
その彼女が、ついに主席の地位を他生徒に譲り渡したのだ。
ハーマイオニーは1位とは僅差で2位の成績。
それでもかなりの高得点なのだが、彼女の優等生ぶりをよく知る同級生達には十分驚くべき出来事だった。ハリーとロンも例外ではなく、掲示板に張り出された成績順位表を前に、自らの目を疑った。
目を皿のようにして順位表を見たが、結果は変わらない。
さらに都合の悪いことに、ハーマイオニー変わって一番になったのは、スリザリンの生徒だった。
ハリー達の天敵であるドラコ・マルフォイは鬼の首を取ったかのような喜びようだ。
掲示板前でざわつく生徒達をかき分けて、ロンとハリーは寮へと向かう道を歩き始める。
この結果はまだ中間発表であり、年間通しての集計ではない。
だが、予想だにしなかった不測の事態にロンは動揺を隠せず、不安げな表情をハリーに向けた。「どうしたのかな、ハーマイオニー」
廊下を歩きながら、ロンはしきりにハーマイオニーの名前を会話に登場させる。
対してハリーは冷静な顔を崩さず話を続けた。
「誰にだって調子の悪いときくらいあるんじゃないかな」
「でも、最近元気がないみたいだし。このあいだ図書館でハーマイオニーを見かけたんだけど、彼女、本を逆さまにしてぼーっとしてたんだ。信じられないだろう。あの本の虫のハーマイオニーが」
「うーん・・・」
「それにさ、いつもなら授業中に率先して手をあげて答えるのに、このところそれが一度もないし。昨日一緒に自習したときも、ノートを見たら字の綴りが3つも間違ってた。3つも。絶対変だよ」
ロンの口上はさらに続く。しきりに熱弁するロンに、ハリーはふいに表情を和らげて言った。
「ロンって、ハーマイオニーのこと随分よく見てるんだねぇ」
ハリーは素直に関心していると分かる声を出した。
そして笑顔のまま、さも意味ありげに呟く。「もしかしてハーマイオニーのこと、好きなの?」
一瞬の沈黙。
無言のロンにハリーが振り返ると、彼の顔は遠目でもはっきりと分かるほど真っ赤になっていた。
どうやら声が詰まって、すぐには言葉が出なかったらしい。
「ななな、何言ってるんだよ!!僕達は、と、友達だろ!」
「・・・そうだね」
慌てて言い返すものの、ロンの言葉にあまり説得力はない。
言葉の端々にからかうような含みを残しながら、ハリーは面白そうに笑ってロンを見ていた。
「全く、もう!」
ロンはいきり立った様子でぶつぶつと呟いている。
大事な親友のピンチに、あまり関心のない様子のハリー。
彼はあれからすぐに「クィディッチの練習があるから」と言って駆け去ってしまった。
心配で心配でしょうがないロンにしてみれば、冷たすぎるのではないかと怒りがこみ上げる。
それに、知ったようなことを言うハリーの言葉。ハーマイオニーのことを好きなのかと問うてきた。
それはロンが今まで、考えてもみなかったことだ。
「友達なんだから、心配して当然なんだよ。うん。そうだよ」
ロンは独り納得ぎみに繰り返す。そのロンが今向かっている先は、図書館だ。
ハーマイオニーの、行きつけの場所である。
姿が見えないとき、彼女は必ずと言って良いほど、図書館にいる。
あの成績表の結果は当然、彼女の耳にも入っているはずだ。
ロンは気落ちしているであろうハーマイオニーを元気づけるために、いろいろと文句を考えながら歩いていた。廊下の角を曲がったロンの目に飛び込んできた、栗色の髪。
後ろ姿でもはっきりと分かる。
「ハーマイオニー」
呼びかけると、彼女はすぐに振り返った。
そうして、いつものように、柔らかな笑顔を浮かべてロンを見詰めてきた。
窓から差し込む光がちょうど彼女の姿を照らしている。
光線の具合からか、ロンの目には彼女のいるその場所だけが、光り輝いているように見えた。
同時にリフレインした、ハリーの言葉。『もしかしてハーマイオニーのこと、好きなの?』
瞬間、ロンの胸が大きく高鳴る。
思わず、ロンはハーマイオニーに向けて片手を上げたまま、固まってしまった。
「ロン?」
様子の違う彼に気づいたハーマイオニーが不審げに訊ねる。
近づいてきた彼女にくるりと背を向け、ロンは自分の胸の上に手を置いて言い聞かせる。
ハリーの術中にはまったのだと。
彼がよけいなこと言うものだから、変に意識してしまっているだけなのだと。
「どうしたの?顔が赤いわよ」
心配げに顔を覗き込んでくるハーマイオニーに、ロンは必死に距離を取ろうとする。
「だ、大丈夫だから。ちょっと暑くて」
「そう?」
ハーマイオニーは首を傾けて不思議そうな顔をした。
その日の気候はどちらかというと、涼しいものだったからだ。「あの、い、今急いでるから、また、あとでね」
ぎこちなく言うと、ロンは脱兎のごとくハーマイオニーの前から姿を消した。
ハーマイオニーは目を丸くして彼の後ろ姿を見送る。
何か魔法を使ったわけではないだろうが、ロンの素早い動きは目を見張るものがあった。
「・・・用事は何だったのかしら」
呼び止められたというのに要件も言わずにいなくなってしまったロンに、ハーマイオニーは怪訝な表情で呟いた。
クィディッチの練習場、その更衣室を出てすぐに、ハリーはロンの姿を見つけた。
「あれ、ロン。何してるの。こんなところで」
ハリーはきょろきょろと周囲を窺う。
「フレッドとジョージは先に帰ったよ」
その言葉どおり、ハリーは一人自主的に居残り練習をしたために、他の生徒は残っていない。
時間的に、皆大広間で食事をしている頃だろう。
ハリーは夕飯抜きのつもりでいたから構わなかったが、ロンがこの場にいる理由が分からない。「ハリーを待ってたんだよ。練習に熱中してたみたいだから、声かけなかったけど」
「え、でも夕食は?」
「・・・何だか気まずくて」
ロンの答えに、ハリーはわけが分からず首を傾げた。誰と誰が気まずいというのか。
夕食の席で顔を合わせる人物。
ハリー達はいつも大広間のグリフィンドールの席で、3人で固まって食事をしている。
となると、当てはまる人物は一人しかいない。
「ハーマイオニー?どうして」
「・・・君のせいだよ」
ふてくされたように言うロンに、ハリーはすぐにぴんとくる。
ハリーはにやにやと笑いながら問いかけた。
「何、ついにハーマイオニーに好きだって言ったの?」
「違うよ!だから、別にハーマイオニーに特別な感情は持ってないって。ただ、ハリーが変なこと言うから、意識しちゃっただけで・・・」
「ふーん」
「それでさ、明日の朝からまた試験前みたいに勉強会を開きたいと思うんだ。ハーマイオニーにもそれを伝えておいて欲しいんだけど」歯切れ悪く取り繕うロンに、ハリーはそれ以上追求しようはしなかった。
ただ、
「自分で言えばいいのに」
とだけ言って、ロンの胸を軽く叩いた。勉強会を開こうというのは、ロンなりのハーマイオニーに対する気遣いだった。
何か悩みがあるにしても、簡単に口に出せることならハーマイオニーは親友である自分達に言ってくれるはずだ。
それならば、せめて彼女が話し出しやすい環境を作ってあげよう。
ロンはそう思ったのだ。
翌朝。
ハリーの伝言が伝わったのか、ハーマイオニーはグリフィンドールの談話室にやってきた。
朝食前の早い時刻。
まだ談話室にロンとハーマイオニー以外の生徒は来ていない。「おはよう」
ロンがやや緊張気味に声をかけると、ハーマイオニーは真っ直ぐに彼のいるテーブルへと歩み寄った。
「おはよう、ロン」
挨拶を返したあと、ハーマイオニーはロンに向かってぺこりと頭を下げる。
「心配かけて、ごめんなさい」
「え?」
とまどうロンに、ハーマイオニーは申し訳なさそうに首をたれる。
「ハリーに聞いたわ。私の成績が落ちたから、心配してくれてたんですってね」ロンは曖昧な表情でハーマイオニーを見詰め返す。
一体、ハリーはどのようにして自分のことをハーマイオニーに伝えたのか。
それ次第では、応対の仕方が変わってくるというものだ。
ハーマイオニーを見る限り、いつもと違う様子はない。
もしかしたら、今朝ハリーが先に行っててくれと言ったのも、気を利かせてくれたのかもしれないとロンは考えた。「でも、有難う」
にっこりと微笑むハーマイオニーの笑顔にどぎまぎとしながら、ロンは訊ねる。
「やっぱり何か悩み事でもあったの?」
「・・・ちょっとね。でも、もう大丈夫よ」
ハーマイオニーは晴れやかな笑顔で答える。
真実だと分かるその言葉に、ロンは心底ホッとした気持ちで顔を綻ばせた。
「じゃあ、始めましょうか」
言いながらロンの隣りの席に腰掛けたハーマイオニーだが、文具を広げてすぐに椅子から立ち上がる。
「ハーマイオニー?」
「いけない!辞書を忘れてきたわ」
彼女は再び教科書類を確かめるが、やはり無い。
「取りに行って来る」
言葉と同時に、ハーマイオニーは駆け出していた。
そそっかしい彼女にロンが苦笑をもらすと、ハーマイオニーは階段の手前で一度振り返った。「そういえば、ハリーは?来ないの」
「んー。何か、寝坊みたい」
自分達に気を使ってくれたのだとは、ロンには言い難い。
それに、ハリーがやたら眠たそうだったのは確かだ。
「そう・・・」
続けてハーマイオニーは二言三言何か呟いたが、ロンの耳には届かない。
ロンが聞き返すよりも先に、ハーマイオニーは談話室から立ち去った。
そして、彼女と入れ替わるようにして、談話室に入ってくる人影。
見覚えのある女生徒は、ロンの妹のジニーだ。
談話室に足を踏み入れるなり、ジニーは注意深く部屋を見回す。
何かを探すように。
最後にロンのいる机に目を向けるが、何故か彼女は眉を寄せて首を傾けていた。「ジニー?」
「ここにハリー、いた?」
ロンの声など耳に入っていないように、ジニーは訊いた。
「いや。僕とハーマイオニーしかいなかったよ。そこですれ違っただろ」
「そう・・・」
「お前は相変わらずハリー、ハリーだな」可笑しそうに言うロンに、ジニーは憤然と言い返した。
「何よ。ロンだって、いつだってハーマイオニーでしょ」
ロンは器用にも座っていた椅子からガタリと転げ落ちた。
「な、何だって?」
床に尻餅をついた状態で訊き返す。「ロンがハーマイオニー・グレンジャーのことを好きだってことは皆知ってるわよ。知らないのはロンと彼女本人くらいなんだから」
鼻息を荒くして主張するジニーに、ロンは呆然となった。
自らですら昨日まで自覚していなかった想いだが、周りでは周知のことだったらしい。
「・・・マジ?」
「マジ」
窺うようにして言うロンに、ジニーはこくりと頷く。
ロンは瞬時に首まで赤くなる。メチャメチャ恥ずかしい。
気付かないだけで、自分はそれほどあからさまな行動を取っていたのだろうか。
ロンは今さらながら、穴があったら入りたい気持ちで暫らくの間、その場に蹲っていた。
あとがき??
えーと、別人28号。(笑)
もう一つのハリハーがメインなので、ちょっとちぐはぐ。
ロンハーもいいですよね。心が洗われます。私、まだ二巻までしか読んでません。
そのうえ、原作知り合いに貸してるので、たぶんどっかしら変です。(汗)
たぶん、随時直していきます。